ちらちらと散る火花は青や赤の閃光を宙へと振り撒いて、最後には小さな光の粒をぽとりと落として消えた。ジャッポーネで見る花火は物悲しい、と、なんとなく思う。イタリアでは感じない類の感情の理由は、俺が彼方ではそんな事を感じる要素を持ち得ないからだろうか。それとも、隣にいる彼が原因なのだろうか。
衛星電話を畳む俺の目の前、最後の一本だった花火の燃え滓を水を張ったバケツに放り込んだ白い手は、所在無さげに下ろされた。

「本当は、」

本当はお前としたくなかったんだ。
自らが投げ込んだ花火の、水に浸かってぐずぐずに崩れた柄の辺りを見つめながら、ハヤトはそう零した。遠くに在っても煌々と光る街灯の微かな光を反射するその瞳は、つい先程まで鮮やかな閃光とともに映り込んでいた喜色のようなものを潜めて、今では鬱々とした燐光を宿している。
意味を図りかねている俺を余所に、彼はバケツを持って歩き出してしまったので、とりあえずその背を追った。それなりの重量のためにやや力の込められた手から荷物を攫うと、翠色の瞳は鬱陶しそうな様子で俺を見て、それから、さしたる抵抗も無くプラスチックの取っ手から手を離す。代わりに、俺の手首をそっと掴む。けれど、歩く足は止めてしまう。

「ハヤト?」

立ち止まって声をかけると、彼はのろのろと顔を上げた。その瞳で此方を見る。

「早く行けよ」

奇妙に歪んだ唇から落とされた言葉に、気が付いていたのか、と思った。
彼と花火に興じていた最中に俺の携帯へ部下からのメールが入り、どうやらそれを感付かれていたらしい。こういう場面での隠し事が得意ではない、というのは曲者だ(しかも、相手が悪かった。彼は子供にしては聡いのだ)。
黙っている俺の手首から、ハヤトもやはり黙ったままで、掴んでいたその手を離した。
彼は子供にしては"諦め"というものを知りすぎていて、それをするのに慣れすぎていた。そして、緩い軌跡を描きながら落下する白い指先を捕らえて離さずにいるには、何もかもが遅すぎたのだろう(出会うのも、密やかな言葉を交わしあうのもだ)。
それでも温い爪へ触れた俺の手を、彼は鬱陶しそうに、けれど同じくらいに哀しく眺めた。僅かに握り返してくる。薄い唇にはもう歪な笑みは無く、引き結ばれていて、気休め程度の優しいキスや甘い台詞には解けそうも無かった。
黒い夜に浮かび上がる灰色の髪が静かに肩へ押し付けられ、掴んでいる幼い指はそっと握り返す力を強める。

「お前といたくない、」

呟いた彼の、その乾いた唇へ優しいキスを落として、「また来る」と口にする以外に、一体何が出来たというのだろう。夜に白さを増すその指先を、俺は如何しても掴みなおせないのだ。

青や赤の閃光を散らした花火の、あの最後の小さな光の粒が哀しい理由を、俺は知ってしまった(呆気なくも儚い幕切れ、次の花火もそう在るのだという事を、彼もそれを知っているという事を、)

ノクティルーカ

2007.7.14   上 (※"ディノ獄と花火") au.舞流紆
「noanoa」のかの子様へ。沢山の感謝を込めて。
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