玄関に足を踏み入れるなり、背後から酷い勢いで羽交い絞めにされたので、俺は思わず唸った。

「ドア、閉まってんのかよ」

すると、後頭部の辺りから「閉めた。鍵もかかってる」との応答がある。
ふとした瞬間のこの男の対応は的確で、迅速だ。普段の失態(部下がいない時のあれやこれ)がまるで嘘のような手際だから、実は全てにおいて確信犯じゃあないのかと思う時すらある。とはいえ、本当に莫迦としか形容しようのない事にばかり躓くから、未だにそれを確信出来ずにいるのが現状だ。それとも、もうその時点で彼の策略に乗せられ、転がされているのだろうか。
胸の前で交差している腕はその強さを増すばかりで、緩められる気配は全く無い。
この古いアパートにクーラーなどという洒落た物が完備されているわけもなく、狭い部屋は窓ガラス越しに夏の光を満たし、薄ら白く、明度は低いくせにやたらと蒸し暑かった。玄関も同様だ。
じとつく空気の中で、俺は動けずにいる。ディーノが動かないからだ。これでは扇風機のスイッチさえ押しにいけない、と思い、それも構わないか、と思考を流す(なにしろ既に汗だくで、再会は二ヶ月ぶりの事だった)。

「ハヤト」

雑多な思考に耽る俺を呼び戻すように、耳の直ぐ上へ、慣れた響きが小さく零れる。
ディーノは長身ではあったけれど、大柄では無かった。それでも、俺よりはウエイトも上背もある。
身体の小ささや細さというものがハンディに思えて仕方が無かった俺は、彼のそういう箇所を羨ましく思っていて、けれど、この時ばかりはそれも悪くないと思えた。
綺麗なタトゥーが絡みついた腕に収まってしまえるのは、気分が良い。
背中を温かい胸へ押し付け、俺を抱き竦めているその腕に指先を這わせると、頭上で微かな笑いが漏れるのが解った。
多分、蕩けそうな表情をしているのだろう。

「まずい、」

さっきから口が歪みっぱなしだ。
右肩に顎を乗せて、過ぎるほどの喜色を滲ませてそう言うディーノに、「テメーのニヤケ面はいつもだろ」と返した。
ぼさぼさに伸びた髪の毛のせいで顔は見えないが、どうやら予想は的中したらしい。
「まぁ、そりゃ、そうかもしれないけど」と呟く声には、やはり笑いが含まれていて、彼が掛け値無しにこの時間を幸福だと感じている事を知らせた。
そうして、彼のような感情表現や物言いが出来ない俺は、黙って身体の力を抜く事で、まだそうしていてほしいと要求をして、それは決まり事のように訪れるのだ。
頬を擽るブロンドに、そっと瞳を閉じる(神経までをも満たす温度は薄れず、部屋はまだ温い)。

アザー・ホワイト

2007.7.25   上 (※"幸せなディノ獄") au.舞流紆
「FOOL-FOOL」の柴さんへ。沢山の感謝を込めて。
※お持ち帰り等を始めとする個人の範囲内での複製は柴さんにのみ許可しております





















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