重要な書類には万年筆でサインを入れるのが癖になっていた(何時からそれが癖になったのか、どうしてそんな癖がついているのかは解らない。或いは、父がそうしていたのを幼い頃から見てきたせいだろうか)。
その古びた軸から伸びるブルーブラックを見ていると、何か、妙な気分になるのが常だ。
ハヤトが死んだ日も、俺はこの万年筆で書類にサインをしていた。


(思い出すにつけ、哀しい事だった。その訃報を受けた時、俺は万年筆を取り落として取引先との書類に染みをつけた。山羊の角のような形の、小さな染みだ。それを呆然と眺めていると、俄かにせり上がってくるものがあり、結局、その書類はくしゃくしゃに丸めて棄ててしまった。ロマーリオが形容し難い表情で此方を見ているのを、肩の辺りを彷徨うその視線で理解をして、けれども、弁解すらできなかった。余裕が無く、何故かそれをする事自体が憚られたのだ。そのようにして、キャバッローネをさらなる隆盛に導く筈だった商談は、たった一つのインクの染みに流された。そして、彼の無二の銀色の線を捩じり切ったのが、俺がまさにサインしようとしていた取引先が放った間者によるものだという事を知ったのは、それから四日が経った明け方の事だった。)


古びた軸は滑らかにブルーブラックを吐き出して、俺の名前を形作る。
その生乾きの輝きを見る時、俺は、それとは似ても似つかない筈の彼の瞳の色を見ている(思い出すにつけ哀しい事だが、今ではそれだけが俺を彼に導いてくれるのだから、それが怨嗟でも構いやしなかった。本当に、哀しい事ではあったが、)

いインク

2008.6.8   上 au.舞流紆
Short Sentences of "Scolorimento" Color No.08 Indigo blue * Special Thanks for the planning ... dear E





























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