目が覚めたら真っ白な四角い部屋の壁が視界をみっちりと埋めていて、何故だか身体は動かなかった。
昔読んだ何かのSF小説でそのような書き出しの本がなかったか、と薄く思う。確か、主人公が謎の博士に滅茶苦茶に身体を改造されて、地球外生物と激闘するのだ(因みに俺は主人公じゃあなくて、その陰で彼を支えるやつの方が好きだった)。
シチュエイションはその小説と全く同じで、しかし、巡らせた視線の先にいたのは謎の博士ではなく、よく見知った男だった。
ああ、如何して。
思って、声をかけようとしたが、見事に喉が機能しなかったので正直参った。声を出そうと四苦八苦している間、パイプ椅子に腰掛けたディーノはベッドの皺か何かをじっと見ていて、俺が起きた事にはまるで気がつかない。手を伸ばそうにも、身体は手術用の拘束ベルトで雁字搦めにされている、かと思いきや、腕は仰々しいギプスで、脚も天井から垂らされた紐で固定してあった。どちらにしても、二進も三進もいかない。
自分の身体の状況を自覚した途端、ギプスに包まれた腕が熱を持ち始めて、じわりじわりと疼く。だんだんと思い出す。そうだった。キャバッローネ傘下のファミリーが周辺勢力と揉め事を起こして、応援に出された俺は此処暫くのところディーノの補佐として戦っていたのだった。それで、戦闘も収束に向かい始めた頃になって、雑魚がディーノに襲い掛かり、俺は奴を庇ったはずみで階段から落ちた。まるでコントだ。
思い出したくもない無様な敗北が、それこそ克明に脳裏を過って、漸く舌打ちを一つ。すると、ディーノがそこで初めて俺を見た。


「ハヤト」

口にした男の顔は、奇妙に歪んでいる。真っ白な部屋の中で、彼だけが唯一の色彩だ。美しいブロンド、窓からの光に滑らかに反射する瞳のアンバー。彼が愛用しているカーキ色のジャケットが所々ほつれたり、泥や血がこびり付いているところから察するに、戦闘後直ぐに駆けつけてきてくれたのだろうか(それとも果たしてこれは俺の思い上がりか)。
ああお前が如何してこんなところにいるんだ部下は如何したそもそも戦闘は今の状況はキャバッローネは仕事は。
そんな類の言葉を投げつけたくて、けれど、唇は碌に開けぬままに微かに吐息を漏らしただけだった。

「ハヤト、」

その様子に何かを思ったのか、ディーノがもう一度呟いて、やおら俺を抱き竦める(勿論腕には触れない)。いつも彼はしつこいくらいに俺の名前を連呼するけれど、こんなに悲痛な声を聞いたのは久しい。痛いのは俺で、自分はたいした怪我もしていないくせに、器用な男だ(あぁでもほんとうに無事でよかった)。泣きそうな表情のディーノに笑おうとして失敗、労いの言葉でもかけてやろうと珍しくも思い立って失敗、身体は何処もズタボロだった。もどかしい。根っから騒々しいキャバッローネの10代目は、しおらしい様子で俺を抱き締めたまま動かない。

(でも、俺は多分、こいつを縛り付けておけるなら、脚や手の一本や二本くらいは簡単に差し出すんだろうな)

そう思い、実際そうなった所を想像したら、思っていた以上に良いものだったので、可笑しくなって笑う(10代目に対してだってそんな事を考えたこともないのに)。笑ったつもりが上手く笑えず、喉が、ヒュウ、と奇妙な音をたてたので、ディーノが「ハヤト?」と不安げに覗き込んでくる。
そんなに心配すんなよ。
言ってやりたいが、やはり声は出ない。代わりに、Tシャツの胸元に頭を摺り寄せる(途端にディーノの鼓動が早くなった)。
濃い血と硝煙の匂いがする腕を、俺は死ぬほど愛していて、だから、多分、

In the cube.

2006.12.3   上
2008.6.6    加筆修正 au.舞流紆





























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