普段なら聞いてもいない事まで喋るディーノの薄い唇は、今はただ静かに呼吸を繰り返すだけだった。其処に混じり込む、紙面とペン先の擦れ合う微かな音は先程から延々と続いていて、アンバーの瞳はテーブルの上以外を見ない。
俺は暇を持て余しながら、科学雑誌の頁を捲る。
仕事の合間を縫う様にして日本に来るディーノは、けれど、仕事の合間を見繕うには多忙過ぎて、その手に仕事を引き連れたままで来る事も多い。今日の様に。俺は「そんなにしてまで来るな」と言いたくて、言えずにいる(気遣いを踏み躙る気がして、それから、会えるという事それ自体が多少なりとも嬉しかったので)。
盗み見たディーノの表情は僅かに険しくて、眼は、俺を前にした時の熱を閉じ込めた様な温度が無い。冴えている。彼は時折そういう眼をして、それを見る度に、俺の近くで屈託無く笑う彼と、俺の背の直ぐ後ろで年相応の食えない笑いを浮かべる彼と、一体どちらが本物かと思案する。どちらともが彼だ、という至極当たり前の解を知っていながら、往生際悪くも俺の頭はそうする。酷く性質の悪い足掻きだ。
浅く溜め息を吐くと、紙束とテーブルのぶつかる軽い音がした。

「お終い」

紙芝居の締め括りのように言うと、角を揃えた書類を置いたディーノは、んん、と伸びをして、俺の方に向き直った。

「外でも行くか?」

カンヅメばっかりはやだろ、と笑う彼は、もういつもの表情をしていて、俺の近くにいる。腹が減ったという俺の言葉も掬い上げて、甘やかす様に目を細める。
その瞳には、もう、きちんと色がついていて、それが少し嬉しかった。

囀る天使 と 色硝子の義眼

2007.2.22   上
2007.2.28   加筆修正 Theme from 模倣坂心中
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