ディーノの左手の小指は、第一間接から先がやや内側に向いている。骨折をした時の状況が、粗雑な手当てしか許さなかったせいらしい。日常生活に支障は無い。 一寸したヘマのせいだ、まあ、命に比べりゃ可愛い授業料だよな。 そんな風に笑って話していたのを、俺は思い返していて、そうして、彼のその左手の小指の温かさを右手に覚えている。 夏、気温は35度を越える所謂猛暑で、クーラーの付いていない安いアパートの室内は蒸し風呂に近い状態であるというのに、ディーノは繋いだ手を離さない。だから、部屋の何処へ行くのにも、彼は付いてくる(流石にトイレの前に立った時には、神妙な顔つきで手を離したのだけれども、用を足して部屋へひき返すと、其処には既に折れた小指の掌が差し出されていた)。 「なぁ、」 アンタ、何がしたいんだよ。 思わず顔を顰めると、対するディーノは気安い笑顔を浮かべた。そして、「バカンスを楽しんでる、目一杯」と言う。空いている右手で、800頁ほどはあるかと思われる洋書が乾いた音をたてた(彼が随分前から読みたがっていた本だった)。 俺はまた眉を寄せる。 バカンス。この老朽化して染みの目立つ壁、温く湿った空気を攪拌するしか脳の無い扇風機を前に、よくもまあそんな言葉が出てくるものだ。彼の部下は今頃、マフィアランドのスパででも疲れを癒している事だろう。俺なんかに気を使わないで、彼もそちらへ行けば良かったのだ。 硬い床に座り続けている腰が痛い。汗をかいた冷茶のグラスの中で、氷が軽く音を立てて沈み、また浮かび上がる。 ハヤト、とディーノが言う。 「楽しい夏になるといいな、」 まるきり他人事のような台詞の後に、右手がやや強く握られた。彼の横顔を見る。ぼさぼさの金髪で見えない目許、口許に刻まれた笑み。夏の間中にはもう来られない。それらはそのように言いたいのだと悟り、そして、全ての、この手の意味を知る。 無言で身体を傾け、ディーノのTシャツの肩へ頭を乗せると、「如何した?」と声が降ってきた。わざとらしいが、それしか口に出来ないのが彼であるから、それでいい。折れた小指の左手を、そっと握り返す。 「…バカンスを楽しんでる、目一杯」 喉に痞えもしなかった。 ディーノがフローリングへ滑らせた洋書が視界の端に映り、けれども、俺はそれ以上其処へ意識を向けていられなかった。 酔っていた。乞うように触れる淡いキスに、それから、酷い強さで手を覆う熱に。 解夏の熱 2008.8.12 上 An anonymous request (※Thank you for 73000hits!) au.舞流紆 「手を繋いでいるディノ獄」とのリクエストでした。匿名様に捧げさせて頂きます。 ※お持ち帰りはリクエストされた方にのみ許可しております。ご了承の程。 |
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