出来るだけの事はしてきた、と思う。多忙と立場による責務、物理的な距離の制限と制約、そういったものの束縛だらけだった関係において、俺達のどちらともが出来うる限りの譲歩や努力はしてきたつもりだったし、それが在ったからといって断ち切られる程生半可な感情の傾け方でもなかった。俺は俺の持ち得る限りの全てでもってハヤトを愛していて、多分、ハヤトもそうだっただろう。
それが故に、俺達は幸せにはなれなかったのだ。
そっと吹かした煙草は数ヶ月前に俺のもとを訪れたハヤトが置き忘れていったもので、その彼は、今はもう冷たい石の下に横たわっている(殉職だったと聞いた)。

彼の白い身体を銃弾が引き裂いた時、俺は取引先に出向いていて、彼の死を耳に入れたのすら事が起こった二日後のことだった。取り急ぎイタリアに戻った頃には、既に葬儀は済んでいて、掘り返されたばかりの土に、呼び慣れた名の刻まれた化粧石が嵌められていたのだった。
俺は今も、棺に眠る彼に最期のキスをする想像すら出来ずにいる。

日の光に反射する化粧石を見ながら、彼にも一服させてやるような気分で、煙草を吹かす。そうしながら、あの時、真新しい化粧石を前にしたその瞬間を反芻する。
可視的な形として彼の死を見せ付けられた時の、内臓が全部抜き取られたような感覚、それを帯びた焦燥と、恐れに似た強烈な悲哀。それらは俺を深く打ちのめして、ただ打ちのめすばかりで、治癒のための涙など一粒も流させてはくれなかった。
それを疎ましく思い、そして、俺達が人前で互いのために泣いた事など過去に一度も無かった事にも思い至り、それが出来なくても当然だと感じた。俺達は互いの立場を揺らがせないために、誰にもこの関係を口外せず、そうと見破られそうな素振りの類は一切してこなかったのだ(今よりずっと若かった頃は別として、だ)。哀しい事だと知っていて、そうしなければいけなかった。それが出来ないなら、障害になるだけのこの関係には終止符を打たなければならなかった。俺も彼も、それだけは望まなかった。最後まで。
何も思うように出来ないまま、本当の幸せだって味わえないまま、ハヤトは死んでしまった。
俺は、彼に最期のキスをしてやれなかった。

気付けば、もう煙草のフィルター部分まで火がまわろうとしている。それを携帯灰皿に無造作にしまって、石に刻まれた名前を眺める。
ハヤトは死んで、縛るものは何も無くなった。立場、責務、隔たりだった距離すら。
それは哀しくて、けれど、俺達はもう、自由だ(だから、漸く痛みを思い出して滲んだこの涙は、誰にも咎められない)。

コンプリート・フリーダム

2007.1.30   上 au.舞流紆
「ウィッチハンター ロビン」の『SAY GOODBYE』というタイトルのサントラ楽曲を聴きながら書いたので、それっぽい話に。












































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