実のところ、一般で言うところの恋人達がするような行為をディーノとする、というのは、かなりの苦痛を伴った。フィジカルな面での話ではない。問題はメンタル面の話だ。
しかし、一概に苦痛といっても、決してマイナスの意味ではなく、かといって、肯定的に捉えて良いものでも無かった。
ようするに、俺の脳が少しばかりイカレていて、ディーノの頭が相当クレイジーなので、俺はこんなに苦しいのだと思う(もしかすると俺だけがイカレていて、ディーノは全く正常なのかもしれなかったけれど、そうでも思わなければやっていける自信が無かった)。


ディーノとのセックスは理想的だ。けれど、それはあくまで女の子とするそれだったらという話で、俺とのそれには当て嵌まらない。
彼はその行為において、とにかくキスをする。何をするにつけてもキスをする。甘たるい声で名前を連呼する。それからまたキスをして、身体を繋げてからは、1センチ動く毎に気遣わしげに顔を覗き込んでくる。キスをする。優しく髪に触れて、宥める様に梳く。それからまたキスを。
一連の動作は、全くもって女の子がときめくようなセックスそのままだ。優しくて真摯、酷くありきたりな表現をすれば"壊れ物を扱うように"触れて、それでいて情熱的、という風に。俺はそれが気に入らないわけではなかったけれど、如何しても違和感を感じて仕方が無いのだった。

(だって、如何しようもなく滑稽だ)

シーツの上に投げ出した身体の上を、柔らかな布が撫でていくのを感じながら、俺はそう思った。ディーノと寝た後はいつもそうだ。莫迦莫迦しく、居た堪れない気分になる(そんな事を口にしようものなら間違いなく泣かれるか、彼のじめじめした様子に一気に部屋の湿度が上がるのが目に見えているので、それはしない)。
最早指の一本も動かせない程疲弊しきって、ぐちゃぐちゃに汚れた俺の身体を拭く男の顔は穏やかで、たまに顔を覗き込んでは甘く目を眇めて「辛くないか?」などという言葉を吐いたりするから、余計に鬱屈する。
男の彼にしてみれば、こんな後始末やピロートークといった所謂アフターケアを恋人にするのは当たり前の話で、けれど、男の俺にとってはそれが酷く苦痛だ。用が済んだら放っておいて欲しい、体液に塗れていようが何だろうが、ベッドに無造作に転がしておいて欲しい、と思う時すらある。男の俺が、同じく男(しかも、へなちょこ)の彼に、レースやガラスで出来た少女を相手にするように丁重な扱いを受けている事が可笑しくて、間の抜けた事に、それを混じり気無しの快楽や悦びとして、まともに受け取る俺自身が滑稽で仕方がなかった。これじゃあ本物のクレイジーだ。
密かに溜め息を吐いた眦に、柔らかいキスが触れる。未だ熱を燻らせる身体は意思とは別の箇所で勝手に続きを欲しがって、俺は今日もそれを、滑稽だ、と思っている。

生産的行為に関する考察 2

2007.1.22   上 au舞流紆
2007.9.12   加筆修正
1は今、ブラジルに旅行中です(素直にファイル失くしたって言えよ)












































SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送