「いッ、」

素足の足裏を硬い金属が刺して、反射的によろめいた。
痛みを感じた箇所を摩りながら見れば、フローリングの上に親指の爪ほどの塊が落ちている。カフスボタンだ。

「、あのヤロー」

来る度忘れ物すんじゃねえ、てあんだけ言ってんのに。
唸りながら、それを拾い上げる。
ディーノの忘れ癖は今に始まった事では無いけれども、一昨日の朝にスーツ姿で日本へ来て、昨日の晩にラフな格好で帰っていったから、余計に気が付かなかったのだろう。オーソドックスな百合の紋章を模したカフスボタンは重く、鈍い銀色に輝いている(キャバッローネファミリー十代目としての彼が身につけているのだし、それ以前に、高価な物だという事は一目瞭然だ)。
電話をかける口実にまでは至らない、些細な物を手の中で弄ぶ。
これ一つを失くしたところで、ディーノは何の問題もなく日々を送るだろう。何故なら、このカフスボタン以外にも、宝石が象嵌されているのや、複雑な意匠がこらされたものが、綺麗な飾り箱に所狭しと並んでいるに違いないからだ。代わりは幾らでも(これよりも良い物が幾らでも)在る。ようは、あるに越した事は無いが、しかし、無くても一向に構わない。そういった類の物だ。
掌の上で淡く光る。カフスボタンはカフスボタンであるから、自己主張も儘ならない。
俄かに苦しくなり、衛星電話に手を伸ばして短縮番号を打ち込み、そして通話ボタンを押す。衝動でそれに蓋をする。

『…もしもし』

二回のコール音の後に聞こえた男の声は、若干硬かった(恐らくは人目があるのだろう)。
きっとこの呟きは彼には届かない。そう思う俺は、それでも口を開く。既に滲み始めている。
足の裏が、鈍く痛んだ。

ムルメルの疼痛

2008.3.20   上 au.舞流紆 Theme:「無」×「カフスボタン」
第一次秘密企画投下単語同士のコラボ、投下して下さったお二方ありがとうございました
(※単語投下者のお二方のみお持ち帰りOKです、)






























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