ディーノが唐突に「指を一本くれよ」というので、反射的に「嫌だ」と答えた。傍から見たら相当気まずいであろう沈黙が、ごとり、と音でもたてそうな勢いで落ちる。アンバーの瞳が、子供の様に瞬きをする。

「即答かよ」
「、たりめーだろ」

いささかぶっきらぼうに返した言葉と、それに大袈裟に顔を顰めてみせる男は、しかし、俺達の日常にはよくよく溢れている類のものだったので、あまり気にはならない(まぁ、良心は多少痛まないでもなかった。痛むにしても、針の先の先くらいだったけれども)。
それよりも、問題として取り上げるべきは今の発言だ。指一本、というのは如何様な意味合いの言葉だったのか。
俺も彼もマフィアを生業にしてはいるが、日常生活(それも極めてプライベートな部分)に血生臭い話題を振る事はなるたけ避けるようにしているので、現実的な事象を指す話ではないという察しはつく(それに、もしこれが物質世界上の話だったら、俺は速やかに彼を病院に送り届けなくてはならない)。
しかし、そこから先、その奥に沈み込んだ感情や思惑にまでは推察が及ばないのだ。勿論、ある程度の想定は在るが、それが確実なものだという確固たる自信はいつも持てない。だから、先程も否と答えた。俺が万が一にも彼に"俺"を投げ与える事が無いのも理由の一つだった。
仕方無しにその意図するところを尋ねると、「別に、指をちょん切って俺に寄越せ、て言ってるわけじゃないぜ」とディーノは笑い、隠し立てするわけでも無く、こう続けた。

「一箇所だけでも俺のもんだったら、いいな、と思って」

そんだけ、と甘く静かに笑う。腰掛けていたソファに長々と横になり、肘掛からはみ出した脚をぶらつかせる。
予想の範囲内に十分含まれていた回答を聞き口を噤んだ俺に、彼は手招きをして、無防備に近づいた俺の右手を取る。寝転がったまま、その小指の先にキスを一つ落とす。

「くれなくて良いから、貸してくれ」

そう口にして俺を見上げたアンバーの瞳に、期待や希望といったものとは全く逆のものが澱んでいたので、俺は口の端を吊り上げて「嫌だ」と笑った。ディーノも笑って、だから、俺達は暫くの間笑い続けた。

救いようの無い救済

2007.2.27   上 au.舞流紆



























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