「俺のビザ、知らないか?」

幾分か焦った声でディーノが言うので、俺は「また失くしたのかよ」とわざとらしく文句を垂れた。彼が俺の家で、しかも帰国間際にビザを失くすのはこれで五回目だ。一緒に探してやる気などさらさらないので、ソファに腰掛けて洋書に目を通す。

「此処にいれておいたと思ったんだけどなぁ」

ぶつぶつと呟く男は、ジャンパーのポケットをひっくり返したり(はずみで衛星電話が床に落下して派手な音をたてた)、周囲に首を巡らせたりしている。
俺の横、ソファの上の新聞紙を、刺青の刻まれた左手が捲る。アンバーの瞳は忙しなく辺りを見回して、けれど、俺と目が合うと蕩ける様に笑う。そうして、またうろうろと彷徨う。ディーノの筋張った指先は、まだビザには触れない。

「イタリアに帰るな、ていう神様のお告げか、ひょっとして」
「お告げが五回もあるかよ」

有り難みねぇな。
呆れを全面に押し出すと、ディーノは「あぁ、そりゃそうだ」と笑い、参ったな、といった風に頭を掻く。掻きながら、目はビザを探している。俺の方は見ない。ビザは見つからない。

「やべ、もうロマーリオが迎えに来ちまう」

心底焦った様子の声に顔を上げれば、時計の針は正午を指そうとしている(シンデレラの数字だな、と思った)。余計に余裕を失くしたせいか、テーブルの角に足をぶつけたディーノは、片足でぴょんぴょん跳ねている。跳ねながら、かぼちゃの馬車ならぬ航空機に搭乗するためのチケットも挟まったビザを探している。また新聞紙を持ち上げる。ソファの下の隙間を覗き込む。

「何処いったんだ、ほんとに」

金の髪に包れた頭が、訝しげに傾げられる。
その様子を目にしながら、俺は読んでいる洋書の薄紙の頁が尽きた場所に、男が探すものが在るのを密かに確認する。そろそろ頃合だ。時計は十二時を指して、それは、何もかも元通りになる瞬間に等しい。ワードローブの下へ、無造作に、けれど音はたてない様にビザを放る。
ディーノは気が付かないで、花瓶の中を覗き込んでいる。見当違いも甚だしい。
唐突にインターホンが鳴り、よく知った部下の声に金髪の男は竦みあがって、俺を振り返る。

「如何しよう、ハヤト。見つからない」
「知るか、莫迦」

魔法なんか、一生解けなければ良いのに。

シーカー

2007.1.3   上 au.舞流紆



























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