その鳶色の髪は、時折緩く翻った。
半刻経ったら起こしてくれ、と、政に凝った肩を鳴らしつつ言った隻眼の男は、筆を硯の際へ投げ、幾冊かの草子を枕に微睡んでいる。
花の香と吹き来たる春先のまだ冷たい風に、僅かにその首が竦められると、やや伸びた襟足が紺瑠璃の単の首元へ溜まり、そのままでおいては風邪でも召してしまいそうに思われたので、無礼を承知で自らの羽織を脱ぎ掛けた。身の殆どを蘇芳に覆われてしまった彼は、その寝顔の意外な稚さも相俟って、まるで別の人間のように見え、つい顔を顰めてしまう。

(蘇芳であるのが悪いのだ、)

そうは思へど、己の羽織は蒼くはないのだから、仕方がない(しかし、こうも紅の似合わぬ者も実に珍しい。戦場の紅は纏うても気にならぬというに)。
先程訪れた下女の持ち来た、微かに温みの残る茶を啜る。
傍らの男の髪はまた翻る。
幾月か前まで戦場にて互いの首を争っていたというのに、今こうして麗らかな陽気の中に並び居るというのは、妙な心地ではあるが、安らかだ。
茶を啜る。花の香落ち、鳶色の翻る。重ねるに艶と鳥の啼く。

筆が置かれてから、今暫くで半刻である。

泥濘に咲く花

2008.6.15   上 au.舞流紆 Theme from 模倣坂心中
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