男が俺にその右目を晒す事はなかった。
常に彼の傍近くに控えている側近の前でさえ滅多に晒さぬというのだから、それを道理と申せこそすれ、責めるなどは出来ぬ話である(そも、斯様な思案はした事もなかったが)。
畢竟、俺は彼には立ち入れない。


「この下にはな、」
真黒い洞があるのさ。
洞、と鸚鵡返しに呟くと、彼はその独眼を眇め、右の指先で眼帯を撫でた。
そうだ、洞だ。男は笑う。口角が、にい、と吊り上がる。夜叉の如き笑みだ。そのまま耳の方まで裂けてゆきそうな。
「この洞はな、なんでも呑んじまうのよ」

人も戦も、泥でも花でも、なんでも呑みやがる。俺の意思とは関係ねえんだ。ただ、呑む。それが役割だと言いやがる。巫戯けた話だ。

「アンタは呑まれるなよ」
そのように口にした男は、もう一度笑った。其処に諦観と呼ぶべきものは無かったが、言外に、己は呑まれてしまうが、と言ってもいるようだった。
畢竟、俺は彼には立ち入れない(覗き見る事さえ、)

淵の縁


2008.3.1   上 au.舞流紆 (Theme ... 「過去」)
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