俺がそれに気付いたのは何時の事だったか。
宵闇に黒々と染め上げられた廊下を渡り、その果てに在る締め切られた襖を開けると、果たして元就は其処に居た。一国の主としてではない。"人質であった者"として、彼は其処に在る。
余計な物が何一つとして無い、簡素な部屋。床の間には花すらなく、それでいて塵の一つも落ちていない事が、余計に室内を殺伐と見せている(何か置かせようかと声をかけたが、返答はなかったのだ)。殺風景としか称し様の無い部屋は剥き出しの燭台の灯火に照らされ、その仄暗い空間に、彼は一層白い貌をして座していた。
「何用ぞ、」
凡そ興味が無さそうに発せられた問いかけが在るだけ、まだ良い。
「いや、用て程のものがあるわけじゃあねぇんだが、」
如何してるかと思って、と答えると、虚ろな一瞥が向けられる。
「酔狂な。捨て置けば良いものを」
僅かな表情さえなく、薄茶色の眼は逸らされ、後には薄気味悪く思える程の静寂が残された。もしかすると、本当はそれすらも残されていないのかもしれない。
俺が、彼が真の意味で"空虚"だという事を悟ったのは、何時の事だったろうか。
人質として捕らえられた元就を、毛利は取り返そうとしなかった。その事を告げると、あの凛とした声は「当然だ」と言い放ち、その後に風前の灯火と化した毛利がついに潰えた時には「ああ、」と呻いたきり、それ以上口をきかなかった。それ以来、彼の瞳にかつてのような強い光は戻らない。そうなって初めて、彼の毛利家への固執、彼がそれなくしては何かを見ることすらも出来ない事に気付く。捨て置けば、もう戻らない事にも。
「元就」
呼ばわれども、痩躯は微動だにしない。
崩れ落ちようにも、依拠とは全く別の処に成り立った、彼の金剛石に似た自制心は砕けようが無い。故に、陥らない。たとえその輝きが失せようとも、塵には成らない。
耐えかねて漏らす溜め息、或いは、哀しい怒号でさえも彼には届かず、後はただ密やかに下り行くのを眺めるに終始するのは、縁故と割り切るより他には無いのだろうか(俺にそれをする資格など無いと知ってはいるのだが)。

闇上がり

2007.6.11   上
2007.7.12   加筆修正 Theme from 約30の嘘 *An anonymous request (※「元親がもどかしい元親と元就の話」)
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