なにしろ毛利元就という人間は常に顔色が悪く、不摂生な様子であって、しかも、その精神はなよやかな見目を裏切る程頑なであった。そして、弱みを見せる事を極端に嫌っている。
故に、それを腹の内に抱えているのを隠す節が有り、また、そうする事に長けているのだろうか。
文机に向かう後姿は簡素な床の間の幅に納まってしまう程に細く、背筋はしゃんと伸び、しかし、それとは裏腹に何処か傾いで見えた。
「元就、」
開け放した障子の傍らから呼びかければ、「去ね」と静かな声が響いた。
無色を装う声色は、俺がもっとも好かないものの一つでもあったが、此処でそれを言ったところで如何にかなるものでは無く、奥歯を噛み締めるに終始する。
そうする間にも、彼の青白い手は美濃紙の上へ筆を滑らせていて、余計に苛立ちを煽る。


先の戦の折、豊臣氏に奇襲をかけられた毛利氏は多大な犠牲を払い、かろうじて勝利を得た。
布告も無ければ、そうと窺わせる動きさえ無く、まさに寝耳に水といった急の戦であったので、援軍を率いて瀬戸海を渡る頃には、既に中国の地は黒土と化していた。
その立て直しに尽力しようにも、具体的な損害が解らなくてはやり様も無い。情報を得るためにと先に放っておいた間諜の報告を聞けば、総大将である元就自らが出陣せねばならない程の大戦であったという。
そうして、陣幕の内側に座して将に指示を出す元就の傍らには、見覚えのある彼の嫡子が血の気の失せた顔で寝かせられており、その事を尋ねれば、その屍よりも一層青白い顔をした男は「見ての通りだ。死んだ」と、ただそれだけを俺に告げた。
奇策を並べ立てる口調に似て、眼は乾いていた。


薄い肩を掴むと、元就は漸く筆を止め、此方を見上げた。眉間には皺が寄せられ、明らかな嫌悪が其処には在る。
「去ね、と言うておろう」
貴様、耳まで腐ったか。
そう口にして、嘲笑ってみせる。薄茶の眼に漂うのは僅かの侮蔑のみだ。完璧な嘲笑であった。
それが故に不完全である事に、哀しいのだという事に、この男は気付けないのだ。流せる泪すら失せている事にも、そうしながら泣き崩れている事にも。
「長曾我部」
唸る様に呟いた男の肩は少しの震えも無く、俺はもう、それ以上彼に触れてはいられなかった。
俺の手を打ち払った青白い指に絡げられた筆は、ただ黙々と字を連ねるのみだった。

墨染めに死す

2007.7.23   上 au.舞流紆
お見通しな元親(もしくは、「お見通し」した気になってる元親)






















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