抑えきれぬ衝動に、灯油を入れた瓶の蓋を手取り壁へ投げつけると、甲高い音をたてて呆気なく割れた。
其れと同じものであったとでもいうのか。あの日に、あの男がたてた誓いは。
西海の鬼が没した由が記された書簡をうち棄て、ただ幼子の様に蹲り、己の頭髪をぎりぎりと握り締める。幾本かが嫌な音をたてて抜け落ちる。

(其れが石が如き強固なものであったというならば幾歳先もけして離れぬと笑った男は何処に居るのだ戦場に散り今ではもうつちの下にはいってしまっているではないかきっと今頃はもうそのかたちさえくずれてあぁそしてわれはまた独りだかつておとこがいいみながいったとおりひとりきりではないかこのことにどうしてたえていられようもうあのぬくみなしにはなしには、)


やにわの割音に何事かと此方を覗き見た下女が悲鳴を上げた。それに構わず、灯油を辺りへ撒き散らす。何処ぞから聞きつけた者達が雪崩れ込んでくる。
お止め下さい、どうか、元就様、と口々に喚き、腕を掴んでくる家臣達を、床の間の飾り太刀で斬り捨て、その屍にも油を浴びせ掛ける。火種を落とせば、可笑しいほど恐ろしい速さで焔は揺らめき、畳や天井の梁や己の足元を嘗め尽くした。
未だ事切れずにいた家臣が、生きながらに焼かれる苦しみに蛆の様に転げまわる。その唸りが地獄の怨嗟に似るならば、蕩揺う血肉の臭気は妄執であろうか。
濃い煙が喉を刺し、しかし、唇は笑みを刷く事をやめなかった。憎悪や悦楽が如き得体の知れぬ、だが、躯を熱く焦がすような情動が、胎内を瞬く間に埋め尽くす。脳裏でさえ。
覚束ない足取りを崩し、炎海へ倒れこんだ時には、幾年ぶりかの笑声すら上げていた。
息苦しくも肢体へ纏わりつく熱さ。何時ぞやかに戦場で見えた鬼が携えていた焔を思い起こさせるそれは、引き千切れた愉悦へと移り変わる。

(なんぴとも、あぁ、もうわれをあわれなどとはいうまい、)

(これほどに、みたされている、のだか、ら、)

焔と憐憫

2007.6.14   上 au.舞流紆
毛利元就没記念文。テーマは"焼死"。






















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