舌先に何か、苦みばしった味を感じた時には、既に遅かった。
口内にせり上がった血潮を堪える間も無く吐き出し、茶碗を取り落として、畳に崩れ落ちる。
「が、…ッ」
呻きは口に溢れかえる血で、鈍く重く掠れた。耐えかねて、首を両の指で強く掻き毟ったが、感覚はない。そのくせ、畳につき立てた指の爪の間には、肉の欠片が挟まっている。
喉が灼けるように痛み出し、肺を奇妙な圧迫感に襲われ、熱が頭の奥を支配し始めるその感覚を、俺は過去にも経験した事があった。母の般若の様に美しい微笑、俺のためだけに用意された膳、好物だった草の粥。記憶は断片的だが、この苦しみだけは違え様が無かった。毒だ。
案の定、苦痛の最中に見上げた天井の隙間から、酷く冷ややかな眼が俺を見下ろしている。何処の忍だか知らないが、随分と無粋な暗殺方を用いたものだ、と薄く思った。
「、ぐ」
まるで穴の開けられた土壁の様に、ひゅうひゅうと喉が啼く。風は通しても、もう其処は呼気を吐き戻す力を持ってはおらず、俺の意識は崩れていくばかりだ。
あの日に俺を呼び戻してくれた小十郎は来ない。連日の政務に付き合わせた代わりにと、無理に暇を出したばかりだ。愛は此処へは連れてきていない。武田にいる男が此処へ来る筈も無い。詰まるところ、俺は、もう死ぬのだ、と、漸く悟る。
天井からは、相変わらずあの不気味な眼が此方を見ている。恐らく、俺が死ぬまで見ているつもりなのだろう。報復しようにも、もう、出来るだけのものはない。
身体は泥に塗れたが如くに重く、既に俺の制御の域を出ている。
部屋の隅へ転がった茶碗の、その闇に溶ける様な黒へ揺らめく行灯の灯火を眺めながら、ただ、思いを馳せる。

(結局、ああ、毒で死ぬのか 満たされないまま あの日に永らえた命を、毒で、)

(そんな俺を、憐れだと、いってくれるか、アンタは、)

毒と憐憫

2007.5.24   上 au.舞流紆
伊達政宗没記念文。テーマは"毒殺"。






















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