「とんだ痴れ者ぞ、」
我を信じるなど、愚かな事を。愚かな事を、長曾我部。
呟いた元就は、その唇の端に見間違いようの無い嘲りを宿していた。常ならば此方が見下ろしている筈の、その小作りの白皙は、今は随分と上に在る。そして、褥へと潰えた俺の腹を押し貫いた刃は、ぬるりとした紅を滴らせたままで彼の手の内に在り、玲瓏たる輝きを月下へと晒した。
建前では客人として招き、底では情を通わせる相手として逢瀬に至った筈の男は、無遠慮に俺の身体へ跨り、その白い手で彼岸の方を指し示す。
「元就、」
如何して、と呻いた声は、無惨にも嘲笑に打ち消された。
「如何して、か」
斯様な事、言うまでもあるまい。
薄い唇が言う。
「将を討つには馬から、とは言うが、直に将を討つが易き事も稀に在る。それだけの事よ」
幾分かずれた答えを返した彼はうち笑い、俺の腹に在る裂傷に指を這わせた。閨事を喚起させるが如き、その緩く、艶かしい所作とは裏腹に、表情は酷く凍り付いている。邂逅を果した折に見た無慈悲な色だ。長い交わりの内に、俺が全て払拭したと思い込んでいたそれが、眼前に在った。
一体如何して。何故またそんな風に笑う。
声無く問う間にも、薄茶の瞳は洞の様に落ち窪んだ色で、虚ろな風情で此方を見ている。

「元就、」
そう呼ばわるのを幾度か失敗し、漸う呻く頃には、もう、意識は朦朧とし始めていた。己よりも随分と低かった男の体温も、今では温かく感じられる程だ。如何して、とは、既に思わなくなっている。
元就が、呼吸さえ疎かにし始めた俺を静かに見下ろし、その貌に一層冷ややかなものを蕩揺わせた時、俺は酷く哀しくて、彼が憐れで仕方がなかった。

(あんたは、また、誰にも依る事無く独りきりで立ち行かなくちゃならねえんだ、)

(あんたは、それに、きづいてるんだろ、)

刃と憐憫

2007.5.19   上 au.舞流紆
長曾我部元親没記念文。テーマは"刺殺"。






















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