首筋へ幽く触れたは繻子か緋繻子か、何分突然の事であったので、判断がつかなかった。咄嗟に首と紐との間に指を入れたものの、きつい締め上げを緩められよう筈も無く(六爪をいとも容易く振り回す男とニ槍の己とでは、如何にも分が悪いのだ)、酷い声で彼の名を呼ばわるのが漸うの事だった。 「っ、ま、さ、」 しかし、幾分も音にならぬうちに喉は押し潰され、呼気は断たれる。 振り仰いだ男の隻眼は常の怜悧な気配を失い、その獰猛さだけを残して、其処へ俺を映しこんでいる。正気の沙汰とはかけ離れたその所業、様子に、男の持つものの何処かが焼き切れてしまったのだろうか、と、煮え滾る程熱い意識の淵で考える。 そうこうするうちに紐はぐいぐいとくい込んでいき、心の臓は早鐘を打っているのか、それともその動きを今や止めようとしているのかすらも解らない。 彼が何か口にしている。 (アンタは ねぇんだろ、俺がこうして首を絞めても、なァ、 ねぇんだ、俺が、俺が、俺が) 隻眼が蒼く歪み、眼界は紅く揺れる。息をする事を忘れた喉で、それでも彼の名を紡ごうとしたが、おかしな呻き声をくぐもらせただけに終わる。 彼は何か口にしている。 ( ねぇんだ、 、 のは、俺なんだ、なァ、そうだろ、アンタが俺を んだろ) 薄まり行く眼界に拾い上げた彼は酷く狼狽した様子で、しかし、笑みすら浮かべている。首が奇妙に軋み、彼の歪につり上がった唇の端が消失する。 まだ彼は何か口にしている。 (駄目だ、駄目だ、 のは駄目だ、アンタが俺を 、アンタが、) 呟く彼は虚ろだ。そうして、俺は其処へ密やかに埋もれる。紐へかけていた筈の指先に、冷えた畳の青さを覚える。埋もれる淵に声無く喘ぐ。 (あぁ、それは気のせいだ。俺は貴方に壊されるのだ。今此処で俺を壊すのは貴方だ、貴方だ、) (誰よりも死を願う、憐れな貴方、だ、) 紐と憐憫 2007.5.7 上 au.舞流紆 真田幸村没記念文。テーマは"絞殺"。 |
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