「あと一月もしたら、俺は甲斐を攻める」
奥州の館に用意させた夕餉の席で俺がそう告げると、黙々と箸を動かし続けていた幸村は「…然様に御座るか」と、ただ其れのみを答えた。答えて、また箸を動かし始める。顔色は変わらない。澄んだ榛色の瞳も。
初めて会った頃からそうだ。この男の根底は揺らがない。故に、俺はもどかしい思いをする。
「止めねぇのか?」
「一体何を?」
「俺が甲斐を攻めるのを」
「止めませぬ」
止めたところで、やめては下さらないのでしょう。 そのように返してくる彼は、見かけや行動の幼さに反してなかなか聡い。 その通りだ。俺はやめない。だが、お前だって。
「ただ、某も手加減致しませぬ」
そら来た。
「甲斐の地を制さんとする者はお館様の敵。仮令政宗殿でも容赦はせぬ所存」
箸を置き、真っ直ぐに見据えてくる瞳はいささか剣呑だ。
「…んなこた、云われなくても知ってるぜ」
俺はやめないが、お前だってやめない。随分と前から、互いに解りきっていた事だ。
幸村に向かって瓶子を持ち上げると、彼は「頂戴致す」と律儀に頭を下げた。盃を酒で満たす。

満たされない

2007.1.3   上 au.舞流紆






















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