未だ肉を切り骨を断った感触の消えぬ俺の手の、血に汚れていない箇所に、愛がそっと触れた。
「お討ちになったのですね」
鈴の鳴るような声が静かに囁く。
誰を、とは彼女は言わない。言われずとも俺自身よくよく解っている事だったし、彼女なりの気遣いでもあったのだろう。しかし、それに触れずにいるほど彼女は甘くは無いのだ。彼女はあいつを少なからず好いていたのだから。
「あぁ、討った」
端的に伝えた俺を、その時の愛がどのように見ていたのかは知らない。俺は彼女から目を逸らしていた。単に彼女の顔を見るのが嫌だったのだ。花の様に可憐で柔和な顔立ちだとか、白い肌だとか、そんなものは問題ではない。ようは、瞳を見るのが嫌だった。あいつの様に、明るい茶の色をした澄んだ目。其処に俺が映っているのを見た瞬間、どうしようもなく心の臓が引き絞られるように軋んで、壊れてしまいそうだった。あいつを重ねているわけではない。あいつをその茶の色に見出しているわけでもない。
ただ、その瞳の齎す断罪を、俺は受け入れたくなかっただけにすぎないのだ。
「湯を、持たせましょうか」
愛が言う。優しい愛。非の打ち所の無い妻。政略的な婚姻だったにも関わらず、俺に尽くしてくれる女。
「…いや、いらねぇ」
呟いた俺に、愛は何も言わずに哀しい吐息を漏らして、俺の手から指先をそっと離した。
そのか細く、稚さを残す白い指先。
賢い彼女はとうに気がついているだろうから、血には触れなかったのだろう。
俺が、この手に染み付いたあいつの紅を湯などという無粋なもので流したくは無く、舐め取ってでもこの身体の内に入れてしまいたいのだという事に。

たとえ、一握たりとも

2006.7.29   上
2006.12.2   加筆修正 (※暗薄雑多
100No.08) au.舞流紆
















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