久方ぶりに顔を合わせた男は伊達男の二つ名の通りに在ったので、走ってきた足は何やら自然に止まってしまっていた。
黒一色の地に濃い藍の糸で流水の縫い取りを施した単を纏い、その上へ同じく黒一色の衣を重ねている。単の襟元は崩され、羽織紐などは結ばれずに垂らされていたが、そもそもの羽織に腕を通さずに肩に引っ掛けているだけなのだから、仕方が無いのだろうか。無言の内に古木へ背を預けている男が、手にした延べ煙管を銜えながら、降りしきる桜花の中に時折思い出したような風情で瞬きなどをする様は、幾度見ても慣れぬ程の光景であった。
「政宗殿」
呼ばわると、伏せられていた隻眼がつと此方を見る。僅かに見開かれる。
「随分と遅かったじゃねぇか」
億劫そうに、というよりかは、ただ単にゆっくりとした動作で背を起こし、僅かに笑った。言葉のわりに含まれる筈のものは少ない。吐き出された紫煙がゆらゆらと夜の気配に消え行く。足元に散る灰からすると、数刻を使わせてしまったようだった。
「相すみませぬ。支度に難儀をして、」
粧し込むのは如何にも苦手故。
頭を下げると、男は「七五三には見えねぇし、気にもしてねぇから安心しろよ」ともう一度うち笑い、走ってきた所為で乱れた俺の浅蘇芳の羽織と、その下の灰桜の単を正す。此処暫く戦続きであったせいで、長らく袖を通す事のなかった着物はまっさらだ。綾織の布地は宵闇の訪れにつれてあちらこちらで焚かれ始めた篝火に薄く文様を浮かせながら艶やかに光り、それを彼の手で隙無く正されるというのは、えも言われぬ感覚であった(ようは、酷く落ち着かなかった)。
故に、「か、忝い」と痞えながらに礼を口にするのが漸うの事で、とてもでは無いが鷹の羽の色をした眼などは見られなかった(見られなかったが、恐らくは戯れに興じる様に笑っているのだろう)。
まじないにかけられでもしたかの如く身動きが出来ずにいる俺に向かって「置いてくぜ」と口にしながら、彼が背を向けて歩き出す。その姿の向こうで仄明るく浮かび上がる花枝が幾百と花弁を散らし、その光景はただ美しく目に焼きついて、春の宵に暫し酩酊する。

桜花逍遥

2007.4.10   上 Request from あゆ様 (※Thank you for 44444hits!) au.舞流紆
「ダテサナがおしゃれして花見に行くお話」とのリクエストでした。あゆ様に捧げさせて頂きます。
※お持ち帰りはリクエストされた方にのみ許可しております。ご了承の程。






















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