「もう日も落ちた。明朝出立しろよ」
宵闇の冴えた空気に満たされた座敷で奥州の竜はそう口にして、俺は密やかに息を詰めた。
その言葉の意味が解らぬ程今の状況を理解していない訳では無く、知らぬふりを通すには、如何にも彼との距離は狭まり過ぎていた。
「忝い、」
如何にかそれだけを漏らした俺を、彼の左目はどの様な色で見ていたろうか。


持ち込まれた酒は、全く手を付けられないままに在った。かといって、会話が在る訳でもない。今迄に男と過ごした時間で、これ程無言が多く占めた事は稀だ。
息苦しささえ覚える沈黙を破ったのは、彼だった。
「今日は随分と静かじゃねぇか」
借りてきた猫みてぇだ。
頬へ伸ばされた手に顔を跳ね上げた俺に、そのように言う。
「Ah、猫じゃねぇな。虎か」
僅かに、笑う。指先が輪郭を辿る。端整な面立ちが間近に迫っているので、また戯れの様な伽の真似事でもする気だろうか。思ううちに、唇へ乾いた淡い熱が押し当てられた。
俺は、待たれよ、と言いたくて、だが、唇を多少動かしただけに終わってしまう。言えない。正午を過ぎた辺りに彼へ手渡した、主君から預かった書簡の中身を知っているからだ。早過ぎる同盟破棄だった。いずれこうなると解っていて、しかし、何処かでそうはならぬという期待か、予感めいたものがあった。紛れも無い甘えだ。奥州は申し入れを受諾した。
再度覚えた息苦しさに顔を顰めると、冷えた固い掌が宥めすかす様に(いささか乱暴に)髪を掻きやる。もう片方の手は身体のあちらこちらを撫でさすって、男が閨事に及ぼうとしているのを知らせる。一瞬、振り払う事も考えたが、それは出来そうも無かった。俺は武人だったが彼も武人で(ようは力まかせには逃れられない)、何より、彼の眇は筆舌尽くしがたい程に哀切な様子で在った。そして、その冷えた熱を孕んだ色は、確かに俺の内にも澱んでいる。
伸ばした腕は穏やかな激情を引き寄せ、無心に掻き抱く。もう息など出来ずとも良い、と、宵宮の篝火に身を焦がす。

宵宮

2007.3.22   上 (※BASARA祭春の陣 花卉ノ宴 掲載) au.舞流紆
結局は何が変わるわけでもない。























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