蒼穹の藍を染め抜く紅、相対する色味の交じり合う錦の下へ、彼はいた。勇壮な立ち姿ではなく、疲弊しきった様子で燃え朽ちた木の幹へ背を預けていた。一人落ち延びたのだろうか、常に彼の隣にいた目付けの様な男の姿は無い。地へ斬り伏せられた後に這い擦ったのか、戦鎧には汚泥がこびり付き、顔の片側も同様にある。肩から胸、腹にまで及ぶ刀傷からは夥しい血が滴り、その雫は幾らかの流れを作って、俺の足元にまで伝い来ている。その光景は、夢現の狭間に在るものの様に感じられた(何故なら、彼にそういった傷を負わせるのは己であると信じて疑わずにいたからだ)。
思わず身じろいだ拍子に、地に落ちていた矢を踏み折ってしまい、その微かな音に男が顔を上げる(気配に聡い彼が此れで漸く己の存在に感付いたとするならば、もう大分弱っているという事であろうか)。
「アンタか」
隻眼の男は、微かに、皮肉気に笑んで呟いた。薄い、途切れがちな声であった。
「ざまぁ無ぇ、な」
傷が痛むのだろう、言葉尻は掠れ、呼吸は乱れている。裂けた藍色の合間から覗く刀傷は、彼が息をするその都度、新たに紅を零した(あぁ、蒼き竜の覇気は何処へ行った)。

無理に身体を起こそうとする男を制す。
「動いては、」
なりませぬ。
漸う其れのみを口にして、裂いた衣を捲き押し付けるも、血は一向に止まらず、其の二藍の錦をただただ広げるばかりであった。水面下で可笑しい程に拘泥する己を、何か達観した己が冷静に眺めていて、恐らく、この眼下で消え行く男もそのような心地でいるのだろう。苦しげに歪められた唇は、紅を吐き零しながらも笑みを模ったままだった。
やがて、男は呟く。
「ざまぁ無ぇが、然う悪くも、無ぇ」
僅かにうち笑い、細く、玉の緒ばかりの呼気を吐く。
鮮やかな唐綾の様相であった藍の戦羽織は今や其の色を昏く鎮めて、温い風に弄られるばかりであった。
男の持つものは総て、濁った二藍に、澱んだ其の綾に
(あぁ、彼は何処へ逝った)

綾に散りゆく

2007.3.29   上 (※BASARA祭春の陣 花卉ノ宴 掲載) au.舞流紆
「gaga」の陽さんへ。相互リンク、本当に有難う御座いました。沢山の感謝を込めて。
※お持ち帰り、印刷を始めとする個人の範囲内での複製は陽さんにのみ許可しております。























SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送