会わなければ良かった、などとは、一度たりとも思った事は無い。只、これ程に傍へ寄らなければ、と思った事は幾度かある。
縺れる様にして倒れこんだ褥には、まだ先程までの熱が仄かに残留していて、その只中で幸村を抱えたままで横たわっているというのは、酷く温い。温くて、如何しようもない。柔らかな髪に鼻先を埋めかけ、そうしようとした自分に動揺する(今迄に伽の相手をさせたどの女にも、そんな真似をしようなどとは思いもしなかったのだ)。
近しい、という事、その事自体が色々な感覚を狂わせるが故に、今ではもう、真田幸村という男を如何したいのか、それすらも解らなくなっている。
幾度となく刃を交え、武士としての魂を重ね、輩の盃を交わし、褥すら共にして、それでも未だに見えぬものが在る。曲がりなりにも国主として、一人の将として、人や期を読み取り、そして判断する事に関してはそれなりの自負が在った。けれども、見えぬものが在るのだ。
真田幸村という男と如何在りたいのか、解らない。
長い後ろ髪が乱れる首に、静かに手をやる。幸村は起きない。指の腹の下で、血流が脈打っている。此処を刃で優しく撫でたいのか、それとも、舌先で荒くなぞりたいのか。それが解らない。今日はたまたま後者であっただけで、次は前者かもしれない。或いは、前者であったとしても、そうされるのは己の方かもしれない。解らない。何故先刻の自分は、男の茶の髪に密やかに溺れようとしたのだろう。何故殺し合うという事に対して躊躇いが無いのだろう。何故。
常ならば見えて良い筈の物は、霧の中に在るかのように朧だ。
何処かで夜明け烏が悲鳴の様に啼声を上げて、早い朝を告げる。幸村は目覚めず、その長い後ろ髪は梳くうちに指へ縺れ絡んで、解くのは困難であるように思えた。指を幾本か捕らえられたままで、もう一度浅い眠りに彷徨う(あぁ、この身の内の烏は何時になったら、)。

夜明け烏が唖唖と啼く

2007.3.11   上 (※BASARA祭春の陣 花卉ノ宴 掲載) au.舞流紆























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