その身体が動かなくなってしまう前から、とうに気が付いていた事だった。
血を吸って黒く沈んだ地面へうつ伏せに倒れ込んだ幸村の痩躯は、奇妙な具合で折れ曲がっている。少し前に俺が刃を捻じ込んだ腹からは大仰だと思えるくらいに鮮血が漏れ出て、下草を濡らしている。二槍を握り締めたままの両の手に力は無く、"彼"はもう其処にはいなかった。明るい茶の色をした瞳は虚ろに見開かれて、地べたに落ちた石塊を映している。
俺は、ただ、黙ってそれを見下ろした。
その身体が動かなくなってしまう前から、とうに気が付いていた事だった。
今この瞬間も留まる事なく流れ続けている彼の血、段々と冷えて凝り固まっていく武人の指先。彼の死、それが齎す物も。
筋の目立つ身体を抱き起こすと、腹の裂け目から黒ずんだ紅が滑り落ちた。微かに開いた唇の端からも、その色彩は滲み出す。長い後ろ髪も血に浸されて暗く、そして赤く、真紅の額当ては一層その色を増した。
周りには既に火がかけられ、小十郎が何か叫んでいる(大方、早く逃げろだとかそのような事だろう)。腕に抱いた身体をもとの様に横たえ、瞼を下ろさせる。先程までは無かった冷ややかさに、瞬間、ぞくりとする。
血の気の失せた白い貌の表情は、何時ぞやかの薄靄の朝に見た穏やかな寝顔と全く同じで、それはきっと、俺の救いの総てだった。
背を向けて、振り返らずに去る(薄氷の様な熱だけが、掌へ遺されて)。

白焔

2007.3.5   上 (※BASARA祭春の陣 花卉ノ宴 掲載) au.舞流紆
余談 : "薄氷"は"うすごおり"ではなくて、"うすらい"。























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