男の持つ殆どの物(たとえば、頑健な体躯や人の懐深くに入り込む事に長けた性格、行き過ぎた酒を嗜む箇所)が嫌いであったが、彼の左の目はそうでもなかった。
外せ、と要求すると、アンタ此れ見るの好きだな、と半ば呆れた体で口にしながら、長曾我部は自らの眼帯に指をかける。その手には、かつてのような躊躇いは無い。濃紫の布地が落とされた其処へ遺る無惨な痕に、知らず、そろりと溜め息が漏れた。
海原を行く賊にしては白い貌の左側、額から頬にかけてを、醜い傷跡が覆っている。戦で落としたのだという左の目玉はとうに無く、月明かりに落ち窪んだ眼窩には薄い紅色をした肉が只在るばかりだった。その肉も、果たして肉と呼んで良いものかと思われるほどに爛れていて、引き攣れた様な箇所と平坦な箇所が複雑に入り混じる様は、地獄の業火に焼かれた罪人宛らのものであった。普段は眼帯の奥へ隠されているそれは、紛れも無く目の前の男の一部だ。
蚯蚓腫れに似た様子で皮膚が盛り上がっている箇所に指先を触れさせると、長曾我部は微かに眉根を寄せる。寄せはしたが、手を振り払う事はしない。残った方の目玉は、指の動きを伺っている。唐突にやって来た見知らぬ客を眺め回す童子に似た視線に、自然、口許には笑みが上る。
男が滅多に晒さぬ傷痕を目にし、そして触れる時、味わうのは明らかな愉悦だ。数多の人間に慕われる彼の、醜い箇所を知覚する昏い悦び。眩さ故に常に近寄りがたく思わせる男の、唯一自分と似た醜悪な部分にだけは、躊躇い無く手を伸ばす事が出来た。
「醜いな、長曾我部」
心底からの詰りに、彼の青鈍色をした瞳は、静かに瞬きを繰り返す(先程の童子の眼は、今ではもう、すっかり成長してしまった)。
「アンタは哀しいな、元就」
ややあって吐き出されたその言葉に、堪らなくなって笑う。長曾我部は、ぐ、と押し黙り、俯いた。受け答えをしてしまった事を少なからず悔いているようだ。
喉はくつくつと鳴り続けて、最早己の制御の域を出ている。故に、言葉は躊躇い無く転げ落ちる。
「我ら二人、とんだ道化よ」

二十三夜行

2007.3.1   上 (※BASARA祭春の陣 花卉ノ宴 掲載) au.舞流紆
初チカナリ。眼帯下が傷痕だったら。























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