待ち合わせ場所にスーツで駆けて来た男は、俺の15メートル程手前で大仰にこけた。それはもう素晴らしく、美しく、ダイナミックな転倒だったので、通行人が大勢振り返る(もしこれがオリンピックの競技だったら、万丈一致の10.00が出ただろうと思う)。
転んでも絵になる男はのそのそと起き上がると、まず顔に手をやり、それから自分がいかに悲惨な状態にあるのかを思い知って、顔を蒼くした。詰まるところ、打ち所が悪く、彼の綺麗に筋の通った鼻からは血がぼたぼたと垂れていたのだ。
赤く汚れた掌を凝視している男に駆け寄りながら、こんなに駄目な奴の一体何処を好きになったんだろうか、と自問する。
脇から近寄り、彼のスーツ(仕事用とはいえ、折角のアルマーニが台無しだ)のポケットに乱暴に手を突っ込むと、彼は漸く俺に気付いた。

「ハ、ハヤト」

情けない声をあげて狼狽する男の手に、ポケットから勝手に取り出したハンカチを押し付け、通行の妨げにならないよう、道路の端に寄る(よくよく見ればそのハンカチはブランドものの高価なものだったけれど、この際それはどうでもいい。どうせ屋敷に帰れば同じ様なものか、これよりも上等なものがいくらでもあるだろうし、当面のところはハンカチとしての責務さえ果してくれれば問題は無いからだ)。
けれど、ここでも彼はへなちょこぶりを存分に発揮して、ハンカチを取り落としてみたり、拭き誤って顔面を余計に血塗れにしたりするので、俺はまた苛付かされた。
本当に如何してこんな男を好きになったのだろうか。自分の趣味は最悪だ。
「拭くんじゃなくて、とりあえず、血、止めろよ」と、毟り取ったハンカチを鼻に押し付けてやると、「う、」と、ディーノは呻いた。
雑踏は何事もなかったかのように、俺達を避けて流れていく。
大体、と言う。

「大体、テメーは自分がへなちょこだ、てのを解ってねぇ」
「ごめん、」

項垂れる男は、叱り飛ばされた上に家から放り出され、しかもそこへ雨まで降ってきた可哀想な犬の様に縮こまっている。それ以上の弁明もなく、彼が本当に落ち込んでいるのが知れた。こういうところが如何してか少し可愛いと思えてしまうところで、きっと末期だ。
すっかり肩を落としたディーノの顔を覗き込む。

「謝るなら走ってくんな。それで、転ぶな」

解ったかよ、と念を押すと、金色の髪は素直に上下に振れた。
血だらけの手に指を絡ませると、赤い染みの付いたハンカチの向こう側でディーノがくしゃりと笑って、そうして、俺達は水道を探しに歩き始める。
全くなんという短絡、なんという莫迦だ(まるで世界中の幸福の真下にいるように笑うこいつも、そういう時間を悪く思わない俺も)。

シャルムーズ

2007.8.2   上 (※D59祭 ANODYNE 掲載) au.舞流紆
ゴミ箱からの救済文。スタンダードにしてオーソドックスにしてクラシカルなデノ獄。



























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