「雨、強いな」

青黒い曇天からは叩き付ける様な雨が降り注ぎ、窓ガラスにあたっては粉々に砕け散っていて、そんなくだらない事を理由にしようとしている俺は、酷く鬱屈した気分で溜め息を吐いた。
いくら雨が強いといったって、風はそんなに吹いていないから、傘をさせば良いだけの話だ。濡れたら拭けばいいし、ホテルに帰れば着替えだって在る。それが嫌なら、ロマーリオに電話をして、アパートの前に車をつけて貰う事だって出来る。幾らでも帰る手段は在るのだ。
見え透いている筈のそれを、しかし、ハヤトは見ないふりをして、それが余計に俺を鬱々とした気分にさせる。

「ホテルまで歩いて帰る気かよ、へなちょこ」

滑って転んで轢かれて死ぬぜ、と、窓の外を眺めながら物騒な事を口にする一方で、彼は空になったカップを手慰みにしていた。
帰りたくない、と、俺がそう口にしないから、彼もまた、帰れ、とは口に出来ない。
時折、俺達はこうして互いに目隠しをして、それを赦し合う。そうでなければ埋められない欠落を、どちらともが持っているからだ。そうして、出来る事ならその空洞を埋めてしまいたいと思っていて、けれど、それは如何しても互いにとって荷が勝ちすぎた。妥協は最早惰性と化して、脳髄を這い降りる短絡的な命令に、俺は従うしかない。
足早に歩み寄り、座ったままの少年の尖った肩に手をかける。

「、んだよ」

ハヤトは嫌そうに唸り、真正面から俺を見上げた。けれど、それだけだ(そうでなければ埋まらないからだ)。
噛み付くようにその唇を塞ぎ、ソファから彼を引き摺り下ろしながら、手の中のカップを奪う。絡めた舌は僅かに苦く、崩れるほど甘い。
形ばかりの抵抗が誘発に等しいものである事を互いが悟ったのは、どれくらい前だったろうか。押し退けようとする腕の手首を掴んでしまえば、呆気無く陥落へと近づいた。
このキスや、それに付随する行為の一切が済んだなら、俺は笑って暫しの別れを告げて、ハヤトはなんでもない風に傘を手渡すだろう。その手のぞっとするような白さや、乾いた冷たさを、もう覚えてしまっている。
わざとらしく逃げを打つ彼の舌を、もっともらしく追いかける。

青と白、境界における赤

2007.8.7   上 (※D59祭 ANODYNE 掲載) au.舞流紆

























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