その表情は、かつては自分にも平等に向けられていたものだった(幾度跳ね除けても、幾度振り払っても、それは齎された。供給とは斯くの如きをいうのだと、彼の手を払い除けるその度に甘く噛み締めた)。
今は、ただ一人、僕にだけは向けられる事が無い。
ロックオン・ストラトスはよく笑う。
溶解にも似た様子で歪むターコイズグリーンの虹彩、瞳孔。唇は緩く弧を描く。彼の表情筋は、知りうる限りの人間のうちでも殊更柔軟であるようだったから、端々まで伸びやかに形作られる。片目を失って尚、柔和さを失くさない男は、しかし、僕にだけは笑わないのだ。
然るべき原因が其処には在り、それは痛みの記憶だ。どれほどに抉られようとも、僕は忘れてはいけない。それは楔でなければならない(然るに、痛みでなければ)。


「まだ気にしてるんじゃないだろうな、」

長い脚が通路を横切り、その後、耳元で声はそう言った。彼はよく人を観察しているから、この足が瞬間歩みを止めた事に気付いたのだろう。僕が、そのヘイゼルの髪や床へ伸びる影、グリーンのシャツの皺にすら慄いている事に。

「もういい。そう言っただろ」

怒るでもなく、彼は言う。哀しげだった。この身体が抱えている鬱屈したもの全てと同等の哀しみのようだった。そして、それは僅かの旋律を連れてくる。
薄蒼い燐光に晒される僕は項垂れる(身体は強張っていたから、それは心の内、不可視の事だ)。

(ああ、嘘。それは嘘だ。貴方は赦すと言ったけれど、貴方の右目は赦さないと嘆いている。貴方は知らないだけ、聴こえないだけだ。その眼帯の奥、空洞が零す音を、)

けれども苦心して、漸く黙って頷くと、節くれ立った手があやす様に頭を撫で、髪へ唇が触れた。彼の瞳は緩やかな月の形に歪んでいたが、やはり笑ってはいない。
音が零れている。

テリビリータ

2008.7.4   上 au.舞流紆
依拠も思い込みも激しいひとではないかと思います、






























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