夜です。 あばら家では、ストラトス伯とティエリアさんがそれぞれ寝る支度をしていました(ストラトス伯はマントも上着もベストも脱いで、解いたネッカチーフを首へ引っ掛けたまま、ティエリアさんもだぼだぼローブを脱いで、淡いキャベツ色のシャツのボタンを中ほどまで外したところでした)。 そんなところへ、トントン、とドアを叩く音がしましたので、二人は顔を見合わせます。 「こんな夜遅くに客?」 首を捻ったストラトス伯に、ティエリアさんは「用心を、」と言います。 魔物の中には人間に化けてやってくるものも多いものですから、油断は出来ません。 ストラトス伯は頷くと、なるたけ何でもないふりをして、「はいはい、どちら様?」と言いながらドアを開けました。 けれども、次の瞬間、ストラトス伯の身体は後方、ベッドへ腰掛けたティエリアさんの隣へすっ飛ばされてしまったのです。 「ぐえっ!」 叩きつけられた先がいくらベッドとはいえ、お腹の辺りへぶつかってきた何かの衝撃や重さに、ストラトス伯は、潰れたカエルのような声を上げました。 ティエリアさんは吃驚仰天して、身体をこちこちに固めています。 もぞもぞと動いているのは、ストラトス伯のお腹にくっついている大きな真っ黒い塊だけです。 身動きがとれないでいる二人をよそに、その真っ黒い塊は言いました。 「やっと見つけた…」 何処かで聞いた事がある声です。 というか、毎日聞いている気がする、とティエリアさんは思いました。 もしかして、と呟いたストラトス伯の顔はだんだん青褪めてきます。 そうして、恐々と自分のお腹にくっついているものを見て、一言呻きました。 「ラ、ライル…!」 その声に、真っ黒い塊が勢いよく顔を上げます(塊の正体は人でした)。 トノサマバッタみたいな色をした目にヘイゼルのくるくる巻き毛、吸血鬼特有の牙。 何もかもがストラトス伯に瓜二つなものですから、ティエリアさんはまたまた吃驚仰天です。 またまた身動きがとれないでいる二人をよそに、ライル、と呼ばれたストラトス伯そっくりの吸血鬼は喚きました。 「どれだけ探したと思ってるんだ!食事に行く、て言ったきり戻ってこないから、てっきり人間にやられたのかと思って、俺、」 そこまでを一息に言うと、ライルさんはストラトス伯のお腹へぐりぐりと頭を押し付けて、メソメソと泣き始めます。 どうやら、安心して涙腺が緩みに緩んでしまったようです。 色んな意味でついていけていないティエリアさんが目をぱちぱちしていますと、「悪かった、悪かったから泣くなよ、ライル」と繰り返していたストラトス伯が、説明をしてくれました。 「わ、悪い、ティエリア。紹介が遅れたが、こいつはライル、俺の双子の弟だ」 「弟?」 「ああ、だが、」 ちょっと、いや、かなり性格に問題があって、と続けようとしたストラトス伯の声は、けれども、ティエリアさんには届きませんでした。 何故って、ライルさんが口を挟んだからです。 「おい、そこの眼鏡」 「俺ですか?」 「アンタ、兄さんの何なんだよ」 そう言い放ったライルさんの顔は、警戒心剥き出しでした。 そうです。 一連の行動や台詞から判るように、ライルさんは極度のブラコンなのでした。 彼はお兄さんであるストラトス伯が大好きでたまりませんでしたから、ストラトス伯におかしな奴(というよりかは、自分以外の何か)がくっついているのが許せないのです。 しかしながら、基本的にこういった事には鈍チンなティエリアさんは、かなりストレートと思われるこの問いかけにも、首を傾げています。 何、と言われても、なんと返していいのか判りません(「家政夫と雇い主」が適当だろうか、なんて思ってます)。 ティエリアさんがそんな風にぐるぐるしているうちに、寝る支度をしかけたままだった二人の格好を見たライルさんは、何かおかしな事を考え始めてしまったようです。 ライルさんは、ストラトス伯を背中に庇うようにすると、ティエリアさんに向かって言いました。 「さてはチンケな魔女の分際で兄さんを食う気だな…!」 「食べる?」 「お、おい、ライル!何言ってるんだ!」 とんでもない発言に、鈍チンなティエリアさんはますます首を捻り、ストラトス伯は顔を真っ赤にして慌てます。 でも、ライルさんは自分の世界に入り込んでしまってるみたいです。 ストラトス伯の方を振り返って、手をぎゅっと握ると、ティエリアさんをギッと睨み付けて言いました。 「兄さん、安心してくれ。こんな魔女くらいすぐに噛み殺してやるから、一緒に城へ帰ろう」 一方、睨み付けられたティエリアさんは、いつもよりもっと顔を顰めて言いました。 「俺は吸血鬼なんか食べませんし、そもそも女じゃありません」 ライルさんとティエリアさんの間で、話が全く噛み合っていないくせに、火花がバチバチゆってます。 ストラトス伯は、ライルさんを見たり、ティエリアさんを見たりして、おろおろしています。 ストラトス伯とティエリアさんと もう一人のストラトス伯 1 2008.10.15 上 au.舞流紆 注:ライルさんはストラトス伯さえ絡まなければマトモな人です ストラトス伯はライルさんに「兄さんは俺よりもあんな顔だけのモヤシ魔女の方がいいんだ」とメソメソされては困り果て、ティエリアさんに「優柔不断だ」とツンツンされては困り果て、「どうすりゃいいんだよ!」となったところをリジェネさんに「じゃあ僕と、どう?」と言われて食われてしまいます(不憫すぎる…) |
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||