ある日のことです。
ライルさんがお仕事へ出かけた後、フラットで一人になったリジェネさんは、おもむろにお手紙を書き始めました。
教会からの要請を受けて吸血鬼をやっつける、吸血鬼ハンターというお仕事に就いているリジェネさんですから、お手紙を書くこと自体は別段珍しいことでもありません(教会は結果や口頭での報告だけでなく、紙面でのそれも求めてきます。余談ですが、リジェネさんはこの長たらしく形式ばった物を何べんも書かされているせいで、お手紙というものがあまり好きではありませんでした)。
ですが、その宛名は今迄に無い、とても不可思議なものだったのです。

"リジェネ・レジェッタ"

リジェネさんがペンを走らせた封筒には、そんな文字列が並んでいます。
そうです。
リジェネさんは、いつものような教会に宛ててのお手紙ではなく、自分宛のお手紙を書いているのです。
でも、どうしてでしょう。
何故、リジェネさんは自分に宛ててお手紙を書いているのでしょうか。
物思いに耽るように蝋燭の光を眺めている真っ赤な瞳が、便箋の横へ置かれている真っ青な小石へ向けられます。
淡い光を受け、海底にある貝の殻の縁のように光るその小石は、随分前にライルさんがリジェネさんに預けたものでした。


その青い小石は、ライルさんの命です。
といっても、ライルさんが命よりも大事にしている小石、というわけではありません。
文字通り、ライルさんの命そのものなのです(それというのも、ライルさんは自分の魂をそっくりそのまま、小石へ定着させているのでした)。
ライルさんがその小石へ魂を移すに至った理由にはリジェネさんは全く関与しておらず、むしろストラトス伯の方が強く関わっているのですが、今、その石はリジェネさんの手元にあります。
ライルさんとリジェネさんがお互いにお互いが必要なんだと気付いた日に、ライルさんがリジェネさんに手渡したからです。
つまり、リジェネさんが幾度記憶を無くしても、それでも傍にいるんだっていうことを、ライルさんが命を賭けてお約束した証拠なのでした。
リジェネさんは、受け取ったからには自分もそれなりのお返しやら何やらをしなければいけないだろうと思ったのですが、生憎、彼にはそんなものはありません。
ライルさんと似たような風情の、魂を定着させ、基本的な記憶や戦闘ノウハウを載せておくための核(リジェネさんはこれを移し変えることで身体の交換をしているのです)はありますが、それを身体から取ったら死んでしまいます。
ですから、考えた末に彼がしようとしたことといったら、いずれライルさんの前に現れる"リジェネ・レジェッタ"に対して、自分の思っていることを残しておくためにお手紙を書くことでした。
そういうものを残しておけば、ひょっとしたらライルさんが悲しい表情をしている時間が短くなるかもしれないと思ったからです。


そんなわけで、リジェネさんは緩く息を吐くと、まっさらな便箋にペンを走らせ始めました。
でも、さんざん悩んだ末のことであるにも関わらず、記されたのはたったの一行です。
他にどんな言葉を書いたらいいのか、どんな言葉であれば今の自分が抱えているものを"リジェネ・レジェッタ"に伝えることができるのか、それがリジェネさんにはわかりませんでした(リジェネさんは、人間と同程度の感情を持っていればもう少し巧く書けただろうに、と思ったのですが、恐らく、感情の豊かな人間であったとしても、彼の内側をぎゅうぎゅうと満たしているものを表現し、また、それを人に伝えることは難しかったでしょう。それは酷く複雑で、難解で、そうして、呆れるほどに単純でした)。
その手紙を封筒へ納めたリジェネさんは、しっかりと糊をつけて封をし、それから、お仕事の日誌の今使っている頁に挟みました。
頁が進む毎に挟む場所もずらしていけば、万が一お仕事にしくじった時にも安心です。
リジェネさんは、ライルさんが帰ってくるまで、日誌の表紙と傍らの青い小石とをじっと見つめたままでいました。


この封筒をリジェネさんが開けることになるのは、この日から幾年も幾年も後のこと、ライルさんが白い手をそっと握りしめた日の数週間後のことです。

リジェネさんと一通のお手紙のおはなし

2009.11.10   上 au.舞流紆
ヒトがヒトである理由は心に留める誰かのために何かをしたいと考えられることなんだろか、(その「誰か」が「自分」か「他人」かはさておき、)
作業用BGM:「手紙」 from FRAGILE 〜さよなら月の廃墟〜






























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