ある日のことです。 レジェッタ候は普段全く使っていない西の塔の外れの居間で、一匹の仔猫を見つけました。 ヘイゼルの毛並みに、トノサマバッタの脚のような色をした目。 なんだか何処かで見たことのある色合いです。 その何処かで見たことのある色合いをした仔猫は、地べたへ落ちた紙袋から頭だけを出して、うつらうつらと眠りかけていました。 レジェッタ候はそっと近寄っていって、仔猫をひょいと抱き上げると、「今日も僕の勝ちかな」と笑いかけます。 「それにしても、随分可愛い子に変身したね、ライル」 笑いかけられた仔猫は、レジェッタ候をきょとんとした目で見ていましたが、小さな声で鳴きました。 レジェッタ候はその永い永い人生のうちで初めて取り扱う"子供"というものになかなか興味を持っていましたので、時折ライル君の遊びに付き合ってあげます。 たくさんお花を摘んできて花輪を編んだり、お庭の噴水で水遊びをしたり、その他にもいろんな遊びをするのです。 中でもライル君のお気に入りは"かくれんぼ"でしたから、今日もそれをして遊んでいて、そうして、それは今しがた決着がついたらしいのでした。 つまり、レジェッタ候は仔猫を一匹見つけたのです。 「いつの間にそんなに上手に変身できるようになったんだい?」 少し驚いてしまったよ。 二人分のお茶を淹れながら、レジェッタ候は言います(今日はこの狭い居間でのお茶会です)。 今迄のライル君は変身に失敗して耳や尻尾だけ生やしてみたり、器用にも肉球だけ作ってみたり、そんな事ばかりでしたから、当然と言えば当然です。 小さな仔猫はといえば、レジェッタ候の黒いボックスコートの裾へじゃれついては、あっちこっちへ転がっています。 まだまだやんちゃな盛りなのです。 けれども、レジェッタ候に抱き上げられて、その膝へころりと転がされ撫でられると、途端に大人しくなって、ごろごろと喉を鳴らし始めました。 耳の裏も優しく掻いてもらって、ご満悦です。 そして、「そろそろ戻ったらどうかな。お茶が冷めてしまう」というレジェッタ候の言葉もお構いなしに、すうすうと眠り始めてしまいました。 小さな身体でお城を走り回って、疲れてしまったのかもしれません。 レジェッタ候は少しだけ笑うと、お茶を飲みながら、柔らかい毛をそっと撫でてあげます。 子供というものは未だに不可解な存在ですが、一緒に暮らしていると、ものすごく面倒で、けれども、一人きりでいた時よりもなんだか毎日がぎっしりしているような、そんな気がしています。 レジェッタ候は一頻り仔猫の頭を撫でると、自分もソファへ腰掛けたまま、少しうたた寝をしたのでした。 さて、それから数時間後のことです。 目を覚ましたレジェッタ候は、ライル君がまだ仔猫の格好をしているのを見て、「もしかして、元の身体に戻る方法が解らないんじゃあないだろうね?」と聞きました。 聞きながら、耳を摘んだり、脚を持ち上げたりします。 仔猫は気持ちよく寝ていたところを邪魔されて、ちょっと不機嫌そうです。 レジェッタ候の手をぺしぺしと叩いて、唸ります。 そんなような具合で、一向にもとに戻ろうとしない様子を見て、レジェッタ候が「本当に戻れなくなってしまったのか」と気を揉み始めたその時です。 ぎい、と大袈裟な音を立てて、居間のドアが開きました。 開いた其処に立っていた人物を見て、レジェッタ候は目をまんまるにします。 なんと、其処にいたのはライル君だったのです。 ライル君はレジェッタ候を見るや否や、一目散に駆け寄ってきてしがみ付き、大きな声でわんわんと泣き始めました。 レジェッタ候もレジェッタ候で、大泣きしているライル君と、そのライル君の声に吃驚して部屋の隅まで逃げていってしまった仔猫とを交互に見比べています。 ヘイゼルの毛並みに、トノサマバッタの脚のような色をした目。 小さな仔猫とライル君は、そっくり同じ色合いです。 レジェッタ候は自分がしてしまった勘違いを一瞬で理解しました。 そうです。 小さな仔猫はただの仔猫で、本物のライル君は今の今まで何処かへ隠れていたのでした(レジェッタ候はその身体に入っている血筋の関係上、吸血鬼を見分けるのは得意である筈でしたが、ライル君を相手にした時は話が別です。純血種の濃い血と非純血種の血とが交じり合った彼の気配はいつも不安定に揺らいでいて、たまに吸血鬼としての気配がふっつりと途切れたりもするのでした。なので、仔猫から魔力を感じなかったものの、その色合いと現在の状況とを照らし合わせて、それをライル君だと思い込んでしまったのでした)。 ですから、ああ、と呻いて目元を掌で覆うと、床へ膝をつき、ライル君を慰めにかかります。 「ごめんね、ライル。寂しかったね」 「っく…、りじぇ、りじぇねぇ…っ、」 ヘイゼルのくるくる巻き毛を撫でて、ぎゅっとしてあげると、ライル君はますますしゃくりあげて、ぼろぼろと涙を零しました。 どうやら、いつまでたっても見つけてもらえないのが寂しくなってしまって隠れるのをやめたものの、広いお城の中をレジェッタ候を探して歩き回り、それでもなかなか見つからなくて、もっともっと寂しくなってしまっていたようです。 仔猫はといえば、自分に危害が及ばないのを知ると、ぽてぽてと二人の傍へやってきました。 そして、くあ、と欠伸を一つして、大きな伸びをすると、ライル君がぐすぐすと鼻を啜る度にゆらゆらと揺れる短いマントの裾を、じい、と見つめて、飛び掛りたそうにしているのでした。 この後、かくれんぼの実施地区がいつも生活している東の塔の中だけに限定され、それから、小さな仔猫は綺麗な緑色のリボンと、"ケルディム"というちょっと立派なお名前を貰って、ライル君の小さなお友達になりました。 また、この時のライル君の大泣きっぷりは一生もののネタとして扱われ、大人になった彼を大いに恥ずかしがらせることにもなるのですが、それはまた別のおはなしです。 レジェッタ候と茶色い毛玉のおはなし 2009.9.7 上 au.舞流紆 ライル君は泣き虫君、「ちびっこ+小動物=世界を救う」の方程式、 |
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