吸血鬼の中には、老師、と呼ばれる人たちがいます。
吸血鬼一族の掟に則った議会での決議のもと、その権限を行使して一族を束ね、導く存在です。
そんな老師の中に、変わり者として有名な吸血鬼がいました。
リジェネ・レジェッタ侯爵です。
吸血鬼の始祖に連なる純血種の吸血鬼たちが老師の座を占める中、彼だけは、純粋な意味での純血種ではありませんでした。
彼には、幾らか別の血が混じっていたのです。
それが故に、レジェッタ侯は特別な扱いを受け、また、そのように見られるのでした。

そんなレジェッタ候には、側仕えが幾人かいます。
側仕えというのは老師の側近のようなもので、身の回りのお世話や雑用をする人たちのことです。
その側仕えの中に、ライル君、という小さな吸血鬼の男の子がいました。
ライル君はレジェッタ候に連なる貴族のお家の次男坊なのですが、今はレジェッタ候の側仕え見習いとしてレジェッタ候のお城に預けられています。
ですが、その"側仕え見習い"というのは、実は建前です。
本当は、ライル君は純血種の吸血鬼として大きな欠陥を抱えていて、そのために不当な扱いを受けるのを危惧したお父さんとお母さんが、レジェッタ候に後ろ盾になってもらおうと考えて、彼をお城へ預けたのでした。
つまり、ライル君はレジェッタ候と一緒に暮らして、レジェッタ候のお気に入りなんだっていうことを周りに判らせておかなくてはいけなかったのです。



「ライル、おいで」

そんな声にライル君が振り返りますと、其処には二頭立ての小さな馬車がありました。
その前に立っているのは、レジェッタ候です。
チャコールグレイのスリーピースにロングコート、太めのネクタイの色はムーングレイです。
貴族につきものの手袋やマントはしていません(性に合わないんだ、とレジェッタ候が零していたのを、ライル君は聞いたことがありました)。
装飾品を好む傾向にある吸血鬼社会においては酷く地味で、場合によっては立場を軽んじられそうな服装でしたが、けれども、その方がかえってレジェッタ候の葡萄色の髪や石膏のような肌、人間の血の色のような真っ赤な目なんかがよく映えるのでした。
レジェッタ候に続いて馬車へ乗り込みながら、ライル君は尋ねます。

「今日は何処へ行くの?」
「夜会だよ。君の事を他の老師にもきちんと紹介しておかなくてはいけないからね」

退屈だろうけれど、我慢しておいで。
レジェッタ候はそんな風に言って、ライル君の襟元のリボンタイを整えてくれました(ライル君が着ている上等な黒い礼服は、レジェッタ候が用意してくれたもので、膝小僧より少し上くらいの半ズボン、真っ白なシャツや靴下は、みんなライル君にぴったりです)。
ライル君は、お隣の席へ座っているレジェッタ候を見上げます。
レジェッタ候のお城で暮らすようになってから、まだ大した時間は経っていませんが、ライル君はレジェッタ候のことが大好きでした。
綺麗で、優しくって、なんだか良い匂いがするからです(なにぶんライル君はまだとっても小さかったですし、お家やお父さんお母さんが恋しかったものですから、そういったものに対する愛着やら何やらがみんなレジェッタ候の上へ行ってしまっていました。それに、レジェッタ候は他の大人の吸血鬼のようにライル君のことを見て嫌そうな顔をすることは無かったですし、お父さんお母さん、お兄さんや妹のように、ライル君に強烈な劣等感を抱かせることもありませんでした。"老師"というものは、吸血鬼たちにとってはもはや別の次元の存在なのです)。
ですから、ライル君は素直に「うん」と頷くと、艶々とした織物が張られた座席へ埋もれました。
レジェッタ候は「良い子だね」と笑うと、ライル君のふっくらとしたほっぺたを優しく撫でてくれます。
その指のひいやりとした感触に、ライル君は少し嬉しくなって、くすぐったそうに首を竦めました。


ひゅ、と鞭のしなる音がして、馬車の車輪が動き始めます。
豪奢な門を潜り抜けた馬車は、砂の岸辺を行き過ぎ、銀色に輝く湖面の上を滑るようにして、夜の闇へと消えてゆきました。

レジェッタ候とライル君

2009.4.10   上 au.舞流紆
ちびっこ描写が好きです、ちびっこの半ズボン+白ソは最強です、






























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