吸血鬼にとってのお食事というものは、とっても大切で、そして、とっても気分が良いものです。
食欲はもちろんのこと、生まれ持っての征服欲も酷く満たされます。
ライルさんにとっても、それは例外ではありません。
けれども、目の前に差し出された真っ白な掌、其処へ滲む真っ赤な血を前にして、ライルさんは浮かない表情をしていました。
そんなライルさんに、リジェネさんが「早くしないと、」と言います。

「早くしないと、傷口が塞がってしまうよ」

リジェネさんの掌から、ぽろ、と、一雫が滴って、フラットの床に、ぱた、と砕け散りました。



それは、月に一度、決まって三日月の晩に行われることでした。
何故って、三日月の晩は吸血鬼の魔力が低くなりがちな日で、リジェネさんのお仕事もお休みの日だからです(魔力が低くなる日をわざわざ選んでお食事しにいく吸血鬼は、当然のことながら殆どいませんでしたから、必然的にあらかたの吸血鬼ハンターのお仕事もお休みなのです)。
それ故に、三日月の晩は、ライルさんのお食事の日なのでした。
そして、リジェネさんがライルさんを撃たない理由は、全て此処に在るのです。
リジェネさんは吸血鬼ハンターとして造られ、生きているものですから、本当ならライルさんのことも撃ってしまわなくてはいけません。
でもそうしないのは、リジェネさんがライルさんのことを必要だと思っているから、というのと、ライルさんが人間を襲わないから、つまり、リジェネさんの血しか飲まないからです。

リジェネさんが初めて掌を差し出した夜、ライルさんは盛大に嫌がりました。
他の誰の血を吸い尽くしても、リジェネの血だけは吸いたくない、そんな風に思っていたので、断固として首を縦に振らなかったのです。

「人間に飼われているようで、気分が悪いかい?」
「違う、そういう事じゃない」

尋ねたリジェネさんに、ライルさんはそう呻いて、フラットの床の上に落ちた真っ赤な点を見つめました。
その苦く歪められた表情を知りながら、けれども、「ライル、」と、リジェネさんは言います。

「死ぬか、殺されるかだ」

そんな、短い言葉でした。
そんな短い言葉でしたが、ライルさんを動かすには十分でした。
血を吸わずにいれば、どんどん衰弱していって、最後には灰になってしまいます。
かといって、ライルさんがリジェネさん以外の人間の血を吸えば、リジェネさんは本来の役目通りにライルさんを容赦なく銀の銃で撃つでしょう。
つまるところ、傍にいたいのなら妥協をしろ、リジェネさんはそう言いたかったのです。
かくして、ライルさんは「わかった」とお返事をして、月に一度、リジェネさんのお仕事がお休みの三日月の晩に、お食事をすることになったのでした。



また掌から零れそうになった一雫を、赤い舌先がそっと攫い、温かな吐息がリジェネさんの指へ触れました。
ライルさんは目を閉じています。
いつでもリジェネさんのことを眺めていたいと思っているライルさんですが、この時ばかりは、リジェネさんを視界の中へいれておくことを疎ましく思っているからです。
以前、人間の血を飲もうとしないストラトス伯に対して、「俺たちは吸血鬼だから、血を飲まないと生きていけないんだ」とお説教をしたこともあるライルさんは、心の底ではそれを自分に向けても言っていたのでしたし、もちろん自分がそういう生き物だということを厭わしく思ってもいるのでした(ただ、ストラトス伯に比べると、その思いは少し弱かったかもしれません。自分の意思とは関係無しに、噛んだ人間全てを吸血鬼にしてしまうストラトス伯に対し、ライルさんには人間を吸血鬼にする力が全く無いのです)。
舌の先へバターに似た塩気のある濃厚な味を感じて、ライルさんはやや強めに瞼を合わせ、眉間へ僅かに皺を寄せます。
美味しい、そんな風に思っていて、それと一緒に、哀しい、と思っています。
そのような具合で掌へ唇を押し付けて、溢れてくる血を舐め啜っているライルさんを、リジェネさんはいつものようにじっと見つめていました。
苦しいような、甘いような、温かいような、そんなようなよく解らない表情を、ライルさんは浮かべています。
血を飲んでいる時のライルさんがどうしてそんな表情をするのか、リジェネさんには全く理解出来ません。
リジェネさんはライルさんが傍にいてくれればそれで良かったですし、そのためなら、自分の血を流すことくらい、大した問題にはならないのでした。
ですから、リジェネさんが初めて掌を差し出した夜にライルさんが口にした言葉や、その酷く哀しげな響きが、ただ思い出されるばかりです。


「どうしてこんな風にできてるんだろうな。俺も、…お前も」


いつかの夜とおんなじように呟いたライルさんは、リジェネさんの白い掌へ真一文字に走った赤い傷跡、それが自己再生能力によってじわじわと塞がっていく様子を、伏し目がちに眺めています。
リジェネさんは、「わからない」と言いました。
それだけしか、言えませんでした。
それきり立ち尽くした二人を、窓から差し込む三日月の弱い光が、静かに浮かび上がらせていました。

ライルさんとリジェネさんと
三日月の晩餐のおはなし


2009.2.21   上 au.舞流紆
ライルさんはリジェネさんの血を吸っているので元気一杯に日々を過ごしています、































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