リジェネさんは、ティエリアさんと同じく、ヴェーダさんとお医者さんによって人工的に造り出された人間で、そうして、吸血鬼ハンターです。
目が覚めた次の日から吸血鬼ハンターをしているのですが、何分、リジェネさんは自分の正確な年齢を知りませんでしたから、何時頃からそうなのかは判りません。
でも、少なくとも150年ほど前には、すでに吸血鬼ハンターをしていたようでした。
何故それが判るのかと言いますと、記録日誌が残っているからです。
ふいに思い立ったのか、誰かに勧められて始めたのか、とにかく唐突に始まっているお仕事の記録日誌に記されているのは、吸血鬼たちの膨大な死の目録でした。
南の峠、北の森、東の谷、西の山、ありとあらゆるところへ出向いては、吸血鬼をやっつけています。
お仕事は単独行動でのものが殆どのようでしたが、教会に所属する正規のハンターと共同して行うような大規模な掃討作戦もあったみたいです。
村一つを犠牲にして行われたこの作戦は、記録には120年前のこととして記されています。
けれども、リジェネさんには、その時の記憶が一切ありません。
いいえ、その作戦のことだけでなく、此処数十年間の記憶以外が一切無いのです。
原因は、リジェネさんの身体の構造にありました。


"タイプ0988"

これは、ヴェーダさんとお医者さんが付けた、リジェネさんとティエリアさんを構成する塩基配列パターンの識別番号です。
塩基配列は生き物の個体情報を決定しますから、リジェネさんとティエリアさんは背丈も一緒、髪の色も一緒、顔立ちなんかも一緒です。
ですが、二人に与えられた役割は全く異なっていました。
お薬に関するヴェーダさんの研究を引継ぎ、さらに進めることを目的として造られたティエリアさんに対し、リジェネさんに課されたことは、"人間の宿敵である吸血鬼の根絶"だったのです。

研究者には、物事を第三者的な視点から見ることが望まれます。
遺された資料を見る限りでは、ヴェーダさんはあらゆる分野においてそうしてきたようなのですが、けれども、どういうわけか吸血鬼に対してだけは違いました。
彼らを倒す方法については異常な数の記録や調書がある一方で、彼らの生活や文化に関する記録や調書は殆ど遺しておらず、民間伝承が幾らか記されているだけです(しかも、民間伝承はその大部分がマユツバものでしたから、本当の吸血鬼文化を全く知ろうとしなかった、といっても過言ではありません)。

『我々と吸血鬼とは決して相容れぬ、』

吸血鬼に関する資料の端へは、そんな感情的な言葉が走り書きされているほどで、そうして、その全てを体現するかのように、リジェネさんは造られました。
吸血鬼の強靭な肉体、自己再生能力、人間を遥かに凌駕する反射速度に対抗するために、リジェネさんの能力も相当なものへと高められています。
なかでも、吸血鬼のそれに匹敵する自己再生能力は、技術の粋を集めたものだと言えるでしょう。
そして、その血液の一滴でさえも、吸血鬼を殺す道具なのです(リジェネさんの血液は、吸血鬼の持つ石の牙の力に反応して毒素へと変化するものですから、リジェネさんの血を吸った純血種の吸血鬼は苦しみもがいた末に灰になってしまうのです)。
そんなような具合で、対吸血鬼用の人工生命体として生まれたリジェネさんですが、その身体にこれらの能力を付加するために犠牲にせざるをえなかった部分がありました。
それが、"記憶"です。
吸血鬼との戦いの日々は、身体をすぐに磨り減らしてしまいますから、リジェネさんは数十年に一度、身体をまるきり取り換えなくてはいけません。
でも、それまでに溜め込んだ記憶を次の身体へ移すことはできないのでした。
何故って、ぎりぎりまでに高められた身体能力や自己再生能力、血液、吸血鬼との戦闘ノウハウなんかを載せるだけで、リジェネさんの身体の容量はいっぱいになってしまうのです。
リジェネさんに許された"記憶"はと言えば、自分を造ったヴェーダさんとお医者さんのこと、それから、塩基配列を同じくするティエリアさんのことだけで、その他のことは何一つとして覚えていられません。
何も、一つも、です。

ですから、生まれてからずっと、リジェネさんは極力他人とお付き合いしないようにしてきました。
誰かと親しくしてしまうと、身体を取り換えた後に、たいへん厄介なことになるからです。
いいえ、正確には、それだけが理由というわけではありません。
そもそもリジェネさんは一人でいるのが苦にならないタイプの人間でしたし、他人に特別興味を抱くような人間でもありませんでしたから、気を付けるまでもなく、他人とのお付き合いは全くと言っていいほどに無かったのです。
そして、もちろん、そんな生活をどうとも思わないのでした(リジェネさんにとっては、"吸血鬼を倒す"という使命だけが全てで、戦闘ノウハウさえ忘れずにいられれば、それを果たすことができたからです)。
けれども、最近のリジェネさんは、少し違っているようでした。




「またポトフ」

テーブルの上で湯気をたてているお皿に、リジェネさんが努めて嫌そうな顔をしてみせると、居候吸血鬼のライルさんは「仕方ないだろ、これとパンケーキとマッシュポテトしか作れないんだから」と、ちょっとムッとします。
けれども、すぐに表情を崩して、「だが、今日のは今迄ので一番美味いぜ。期待してくれていい」と言うものですから、リジェネさんは「しないよ、そんなもの。第一、食べる気も無い」と素っ気なく(というよりかは、冷たく)返しました。
幻滅して、さっさと出て行ってくれたらいい。
リジェネさんは、そんな風に思っています。
なので、ライルさんが「減量か?お前がそんなことしたら、骨だけになっちまうぞ」なんて言うのも綺麗に無視しして、ベッド代わりにしているソファへ横になりました(移動ばかりの一週間でしたから、疲れてもいるのです。お腹は空いていないわけではなかったのですが、とにかく早くライルさんに嫌ってもらいたい一心でした)。

「風邪ひくぞ」

そんな言葉と一緒にライルさんがかけてくれたマントも、腕でソファの後ろへ跳ね除けます。
ライルさんが「おい、リジェネ、本当に風邪ひくぞ」と言うのは、目を閉じて、聞こえないふりをしました。
浅い溜め息の後に、ライルさんの気配が離れていくのがわかります。
これでいいんだ、と、リジェネさんは思います。

(おかしいんだ、こんな状況は、)

おかしいんだ。
リジェネさんは、そっと目を開けます。
吸血鬼ハンターとして造られた自分が、こともあろうに吸血鬼と一緒に暮らしているだなんて、あまつさえ、その日々を手放し難く思っているだなんていうのは、あるまじき事です。
それに、自分のような存在が誰かと関わりを持ちたいと考えることがどのような結果を生むのか、リジェネさんはそれなりに理解をしているつもりです。
そして、それはどう考えても、リジェネさんにとっては苦いものに他ならないのでした(けれども、リジェネさんは、それを手放し難く思っているのです。知らなかった頃に立ち返ることはできませんし、ライルさんが向けてくるものには、どれも抗い難い奇妙な温かさがあるのです)。

(おかしいんだ、)

ライルさんにもはや銀の銃を向けることさえできなくなっている自分に対しても、リジェネさんはそんな評価を下します。
ソファの前の小さなテーブルに置かれた蝋燭の灯がゆらゆらと揺れて、その度に、リジェネさんの目が、その真っ赤な色を透かしました。

『リジェネさん』のおはなし

2008.1.12   上  au.舞流紆
リジェネさんの理由(或いは、言い訳)、































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