ライルさんがリジェネさんのフラットへ住み着いてから、随分と年月が巡ったある日のことです。
ライルさんは、新聞の求人広告欄を熱心に見ていました。
何をしているかというと、もちろん、お仕事を探しているのです。
日々のアレやコレに直面して、人間社会で生活していくのにはとにかくお金がいることを知り、なおかつ、先日リジェネさんに「ヒモ」と呼ばれてしまったライルさんは、何処かへお勤めしようとしていました。
ところが、なかなか良いお仕事がありません。

なにしろ全くの吸血鬼であるライルさんは、昼間はお外へ出られませんでした。
何故って、吸血鬼に日光は大敵で、当たろうものなら灰になってしまうからです。
ですから、選べるのは必然的に夜のお仕事に絞られてしまいますし、そうしますと、ちょっといかがわしいお店でのものが増えてきます(街には少々物騒な一面もあるのです)。
それに、リジェネさんとなるべく一緒にいたいですし、家事だってこなさなくてはいけないものですから、長時間拘束されるのは、できれば御免被りたいところです。
一番良いのは小洒落たレストランのウェイターなのですが、いかんせんそういった所のカトラリーは純銀製でしたので、ライルさんには触れません(吸血鬼は銀に対するアレルギーを持っていて、ちょっと触っただけでも痒くなってしまい、酷い時には爛れてしまうのです)。
かといって、大衆食堂なんかへお勤めしてしまうと、今度はにんにくの匂いが問題になってきます。
当然といえば当然ですが、人間社会は吸血鬼にとって、たいへん不便極まりないようです。

結局、新聞紙を放り投げたライルさんが、七晩ほどかけて街を歩き回った末に見つけてきたのは、街灯点燈夫のお仕事でした。
街灯点燈夫といったら、わりとメジャーな職業です。
どんな事をするのかといいますと、先端に鉤が付き、小さな炎が燃えている竿を使って、街の中に立っているガス灯に火を燈したり消したりする、そんな事をします。
お給金はそう多くはありませんが、街にとってはなくてはならないお仕事ですから、それなりに遣り甲斐もあったりします。
そういうわけで、ライルさんは、今日も元気に勤労吸血鬼をしています。



さて、ライルさんの担当地区は、大通りを少し外れた、細く入り組んだ道ばかりの住宅地区です。
その薄暗い路地に、ひょろりと立っている街灯へ向かって、ライルさんは肩に担いでいた竿を伸ばします。
竿の先についた鉤でガスの栓を開けて、竿の根元に付いたゴムの握りを押しながら、ガス栓の口に火を燈すのです(初めはおっかなびっくりやっていたのですが、今ではもうすっかり慣れっこで、親方からもお墨付きを貰っています)。
火がぼんやりと滲み、その滲んだ火を反射鏡がさらに滲ませて、路地を柔らかく浮かび上がらせます。
ライルさんが着ている点燈夫の青い外套は、風が吹く度に、一層明るい色をして揺れました。
くるくる巻き毛の頭に被った、外套と同じ色のカスケットも、街灯の光に色を淡くします。

(綺麗だな、)

ライルさんは、少し眩しそうに目を細めて、火の入った街灯を眺めています。
吸血鬼は夜目が利くものですから、照明としての明かりを必要としません。
それに、食糧が人間の血ということもあって、お料理にも火は使いません(というより、お料理という行為自体がありませんでした)。
彼らが明かりに触れる機会といえば、室内装飾としての蝋燭やシャンデリアだけでしたから、人間が抱くそれよりも随分と強く、火を綺麗なものだと思っているようです。
しばらくそうして眺めた後、ライルさんは次の街灯を燈しに歩き始めます。
ぐずぐずしていると、時間通りにお仕事が終わらなくなってしまいます。
石畳にこつこつと、ライルさんの靴底が響きます。
街灯がぽつぽつと、ライルさんが歩いた道なりに燈ってゆきます。



そうして、ライルさんがすっかりお仕事を終える頃には、街は淡い光に包まれていました。
大通りの喧騒はやまず、お店の女将さんがお客さんを呼ぶ声や、家路につく人たちのお喋りが重なり合っています。
街灯の下で新聞を読んだり、待ち合わせをしている人や何かを見ると、ちょっと嬉しくなったりもするライルさんです。
路地にはお夕飯の匂いが漂い始めました。
時折にんにくの匂いが風に乗ってやってくると、げんなりしますが、それで足りない食材のことを思い出したりもするものですから、あながち悪くもありません。
竿を肩へ担いだまま、いつものパン屋さんでソーダブレッドを2つ買って(ライルさんはヒモを卒業していますから、もちろんポケットマネーでのお支払いです)、早足でフラットへの道を急ぎます。
青い外套が、人込みへ紛れてゆきます。

大通りの人の波を眺めていたリジェネさんが、フラットの窓を閉めて、ドアの鍵を開けに行くのは、この数分後のことです。

ライルさんと小さな灯火のおはなし

2008.1.6   上  au.舞流紆
ライルは きんろうきゅうけつき に クラスチェンジした!
(別名:ライルさんとガスでパッと明るくチョッといい未来のおはなし、)






























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