此処最近のリジェネさんは、吸血鬼ハンターとしてのお仕事が終わった後に自分の事務所へ帰るのが、一番億劫でした。
何故って、ちょっと喧しいのが一人、住み着いてしまったからです。
街の人々がお夕飯の支度を始める頃、教会への報告を終えたリジェネさんは、人通りの多い大通り沿いにあるフラット(此処が事務所なのです)のドアを開けるなり、ちょっと溜め息を吐きました。
例の喧しいのが、ひょっこり顔を出したからです。

「おかえり、」

飯できてるぞ、ポトフ。
そんな風に言って笑ったのは、あのライルさんでした。



たった一度会ったきりの、名前もわからない吸血鬼ハンター(つまり、リジェネさんのことです)を、ライルさんは並々ならぬ根性と執念と多少の下心で以って待ち続け、探し回って、実に数十年かけて、ようやく見つけ出していました。
そうして出会えたリジェネさんに対し、彼がしたことといったら、もちろん告白です。
でも、当然といえば当然ですが、リジェネさんは聞く耳を持ちませんし、持とうともしません。
リジェネさんがライルさんにくれるものといったら、銀の弾丸か、もしくは、容赦ないお断り、冷めた一瞥、わりと酷い皮肉や悪口の類ばかりです。
けれども、思い込んだらとことん粘るタイプの吸血鬼だったライルさんは、へこたれませんでした。
彼は数年の間、殆ど毎日リジェネさんを訪ねたのです。
雨の日も、風の日も、雪の日もです。
告白するだけではなくて、たくさん世間話もしました(といっても、ライルさんが極めて一方的に話しかけているだけなのですが、それでも、それがライルさんにとっては大事な大事な会話です)。
そんなこんなの結果として、ライルさんは、リジェネさんのフラットで暮らしています。

当初のライルさんは「俺、今だったら灰になってもいいかも」なんて言って、たいそう喜びましたが、当初のリジェネさんからしてみれば、"一目惚れ"なんてものは実際の人物像を見ればすぐに崩壊するさ、という考えに基づいての提案と生活です。
それに、吸血鬼にとっては不便極まりない街での暮らしに嫌気が差して、そのうち出て行くだろう、とも思っていました(うっかり日光に当たって灰にでもなってくれれば万々歳、といったところです)。
けれども、三ヶ月以上が経った今になっても、ライルさんは灰になるどころか、フラットから出て行くそぶりも見せません。
料理や洗濯なんていう家事をちょっとずつ覚えながら、やっぱり毎日リジェネさんを見ては嬉しそうにするものですから、一目惚れで築かれた理想が崩れたわけでもないようです。
挙句の果てには、フラットのお隣さんとも仲良くなってしまっている始末でした(今日のお夕飯のポトフは、昨日お隣さんから貰ったお野菜が化けたものみたいです)。
少し前までは、面倒なことになってしまった、と思っていたリジェネさんは、けれども今では、本当に面倒なことになってしまった、と思っています。



「今日は焦がさなかったぞ」

そんな風に言いながら、ライルさんはポトフのお皿をテーブルへ並べました。
お料理なんて生まれてこの方したことがなかったライルさんは、ポトフ(正確には、ポトフ以外のお料理も)を焦がしてばっかりだったのですが、今日はきちんと作れたみたいです。
ほくほくのジャガイモやキャベツはあったかい湯気をたてていて、とっても美味しそうです。
けれども、リジェネさんは嫌そうな顔をしました。

「またポトフ」

戸口でコートを脱ぎながら、そう言うリジェネさんに、ライルさんは「仕方ないだろ、これとパンケーキとマッシュポテトしか作れないんだから」と、ちょっとムッとします。
けれども、すぐに表情を崩して、「だが、今日のは今迄ので一番美味いぜ。期待してくれていい」と言うものですから、リジェネさんは「しないよ、そんなもの。第一、食べる気も無い」と素っ気なく(というよりかは、冷たく)返しました。
幻滅して、さっさと出て行ってくれたらいい。
リジェネさんは、そんな風に思っています。
なので、ライルさんが「減量か?お前がそんなことしたら、骨だけになっちまうぞ」なんて言うのも綺麗に無視しして、ベッド代わりにしているソファへ横になりました(移動ばかりの一週間でしたから、疲れてもいるのです)。
そんなリジェネさんを見たライルさんは、ちょっとだけ眉毛を寄せて、でも、すぐに自分のマントを脱ぐと、リジェネさんにかけてあげました。
「風邪ひくぞ」という言葉に対するお返事は、ありません。
マントが顔面に返ってきたきりです。

「おい、リジェネ、」

本当に風邪ひくぞ。
もう一度、ライルさんは言ったのですが、やっぱりお返事はありませんでした。
ライルさんは浅く息を吐き、マントを付け直して、ポトフのお鍋に蓋をすると、一つしかない揺り椅子に腰掛けます。
ゆらゆら揺れつつ、リジェネさんが寝ているソファの背中を見ています(風邪をひかなきゃいいが、なんていう風に思っています)。
ソファの前の小さなテーブルに置かれた蝋燭の灯もゆらゆらと揺れて、その度に、リジェネさんの目が、その真っ赤な色を透かしました。

ライルさんとリジェネさんと
焦げなかったポトフのおはなし

2008.12.29   上  au.舞流紆
まだ仲良しじゃない頃のおはなし、リジェネさんのガードはとても強固です、































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