今日のストラトス伯は、なんだかものすごくどんよりしてます。
あばら家の椅子に座り込み、お行儀悪くも顎をテーブルへ乗っけて、溜め息なんか吐いてます。
どうやら、ちょっとお疲れ気味のようです。
そんなストラトス伯の向かい側のお席では、ティエリアさんが朝ご飯を食べてます。
その向こう側では、ライルさんが大泣きしていて、リジェネさんがそれを慰めてます。
その様子を見たストラトス伯は、また溜め息を吐きました。
一体、何があったのでしょうか。
それをお話しするには、時間を昨日の夜まで巻き戻さなくてはいけません。



昨日の夜はライルさんとリジェネさんがあばら家へ遊びに来ていて、平素からあんまり仲が良くないライルさんとティエリアさんが、いつものように口喧嘩を始めていました(ライルさんは重度のブラコンでしたから、ストラトス伯とずっと一緒にいるティエリアさんのことが気に食わず、ティエリアさんはライルさんが自分のことを女の子だと勘違いしているのが気に入らないのです)。
けれども、いつもと少し違ったことには、幾つかの嫌味のやり取りで終わる筈のその喧嘩が、ちょっと長引いていたんだってことです。
そして、それはとうとうストラトス伯にまで飛び火してきました。
どんな飛び火かと言いますと、ティエリアさんとライルさん、どっちを取るんだ、そういう具合の飛び火です。
ストラトス伯は基本的に博愛主義者で、ティエリアさんのこともライルさんのこともおんなじくらい大事に思っていましたから、「ええと、」とか「その、」とか言うばかりで、まともな答えを返せません。
そんな風にまごまごしているうちに、ライルさんは「兄さんは俺よりもあんな顔だけのモヤシ魔女の方がいいんだ」とメソメソ泣き始めてしまい、ティエリアさんも「優柔不断だ」と顔を顰めてしまいましたから、ストラトス伯は困り果ててしまいました。

「どうすりゃいいんだよ…」

そんな風に呟いて、頭を掻きます。
すると、後ろから、「じゃあ僕と、どう?」と声がしました。
声の主は、リジェネさんです。
ストラトス伯は「助かった!」と思ったのですが、そのすぐ後で、「ん?"じゃあ僕と、どう?"?」と首を捻りました。
そして、その意味に気が付いた時にはすでに遅く、ストラトス伯はあばら家から連れ出されていたのです。
背中が、どん、と樫の木にぶつかり、逃げ場を無くしたストラトス伯は、恐々とリジェネさんを見ました。

「おい、冗談だろ…!」

呻いたストラトス伯に、リジェネさんがにっこり笑います。
不吉です。
天使のような笑顔なのに、魔王のような雰囲気です。
これは本気だ、と思ったストラトス伯は、「お前にはライルがいるじゃないか!」と声を張り上げて抵抗をしたのですが、リジェネさんは「そうだね。でも、」と言った後、事も無げにこう口にしたのです。

「毎日マッシュポテトを食べてると、たまにはフライドポテトが食べたくならない?」

ものすごく綺麗な笑顔でした。
やましいことは何一つとして無い、そんな笑顔でした。
ストラトス伯は「そんなことない!毎日マッシュポテトで十分だ!!マッシュポテト大好き!!!」と思ったのですけれども、それを言う暇もないうちに、リジェネさんが近寄ってきてしまいます。
あばら家からは、
「出てけ、このエノキ魔女!」だとか「此処は俺の家です、貴方が出て行くべきだ!」だとかいう声が聞こえてきます。
喧嘩に忙しいライルさんとティエリアさんは、肝心のストラトス伯の危機には全く気が付いていませんし、ましてや、「頼む、やめてくれ!」だとか「其処はまずいって!」だとかいうストラトス伯の情けない悲鳴なんかも聞こえていません。
結局、ストラトス伯はリジェネさんに美味しく頂かれてしまい、その事実は、今朝早くにはあばら家にいる殆どの人に知れ渡ってしまったのでした(リジェネさんが、ついうっかり口を滑らせてしまったのが原因でした)。



事あるごとに昨日の夜のことを思い出してしまうストラトス伯は、頭痛に苛まれています。
正直、ちょっと気持ちよかったのは秘密です(なにしろ、リジェネさんはライルさんとお付き合いしていましたから、何処をどうされたら吸血鬼がよろこぶのかもきちんと知っているのです)。
ストラトス伯の向かい側のお席でスコーンを齧っているティエリアさんは、全く普通です。
ストラトス伯のことを赦してあげたからとか、可哀想に思っているからとかではありません。
ティエリアさんはその手の話題に関しては全く不得手で、とんでもない鈍チンでしたから、リジェネさんがうっかり口に出してしまった言葉を聞いても、ストラトス伯の身に何が起こったのかが解らなかったのです。
ですから、スコーンの焼き加減がとっても良くて美味しいんだってことを、ストラトス伯に言うか否かで迷っています。
一方のライルさんは、メソメソを通り越して、わんわん泣いてます。
あんまり酷い勢いで泣くものですから、涙が重力に逆らってます。
「っおれ、俺の、俺の兄さんが、」だとか「リジェネは俺のこと嫌いになっ…、う、うぅ、」だとか、喚いている言葉から察するに、色んな意味でショックみたいです(タキシードの袖をびしょびしょにしているライルさんを見て、ストラトス伯は、一番泣きたいのは俺だ、と思いました)。
そんなライルさんに、リジェネさんが寄り添って、ぼたぼたと引っ切り無しに垂れてくる涙や鼻水を拭ってあげています。

「ごめんね、ライル。ちょっと魔が差しただけなんだ。僕が本当に好きなのはライルだけだよ」
「…本当か?」
「勿論。貴方のお兄さんで浮気は53人目だけど、やっぱりライルより素敵な人なんていないもの」
「リジェネ…!」

感極まった様子でリジェネさんをぎゅっとするライルさん(彼は心底リジェネさんが大好きでしたから、「僕が好きなのはライルだけ」というのや「ライルより素敵な人なんていない」という部分しか聞こえていないのかもしれません)を、リジェネさんは抱き返しながら、にやり、と笑いました。
ちょろいね、楽勝、そんな風に思っているのです。
その暗黒の笑顔や先ほどのものすごく酷い言動を見たり聞いたりしてしまったストラトス伯は、ライルさんに憐れみの眼差しを向けています。
ティエリアさんはスコーンを齧りながら、相変わらず「美味しい」と言おうかどうしようかを迷っています。
「俺もお前が好きだ」と涙声で言って、お洋服から露出している鎖骨の部分をかぷかぷと咬んでくるライルさんの背中をよしよしと撫でながら、リジェネさんはストラトス伯に言いました。

「まあ、犬に噛まれたとでも思ってよ」

全くもって酷い言い草ですが、そのあまりにも爽やかな物言いと笑顔に、ストラトス伯はもはや怒る気にもなりませんでした。


その後しばらくの間、ストラトス伯がリジェネさんに対して厳重な警戒態勢を敷いたのは言うまでもありませんが、彼の心的外傷が思いの外深く、樫の木にまで近寄れなくなってしまったことは、特筆すべき事項だと言えるでしょう。


ストラトス伯とつまみ食いのおはなし

2008.11.25   上  Request from ヤハギ様(※「〜もう一人のストラトス伯 1」の後書きの後日談) au.舞流紆
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