ライルさんは、つい最近、新しい玩具を手に入れました。
とっても綺麗で、そこそこの耐久力があって、今ではとても従順にして可愛らしい玩具です。
元は吸血鬼ハンターだったその玩具の名前は、リジェネ・レジェッタ、といいました。
リジェネさんは教会が抱えている吸血鬼ハンターの中でもかなり優秀なハンターだったのですが、そのリジェネさんが、どうして吸血鬼であるライルさんの玩具なんかになってしまったのでしょう。
それには、吸血鬼文化に存在する、とあるお薬が関わっていました。


小さな蜜、というのが、そのお薬の名前です。
吸血鬼の間では"メリラ"と呼ばれているこの水薬は、飲むとなんだかふわふわとした気分になれる、人間社会でいうところの一種の麻薬のようなものです。
とはいえ、吸血鬼はお薬への耐性が非常に強いものですから、使用しても中毒には至らず、一定の時間、軽度の恍惚状態や酩酊状態になるのが関の山です。
それゆえに、メリラは誰でもお手軽に楽しめる嗜好品として出回っているのでした。
ところが、これを人間に使ってしまいますと、大変なことになってしまいます。
人間はとっても弱くって脆い生き物です。
吸血鬼にとっては一時的な気持ちの良さをもたらすだけのメリラでも、彼らにとっては麻薬そのもので、しかも酷い常習性を伴うものなのでした。
もうこれ無しでは生きていけない、そんな風に思わせてしまうような、危険なお薬だってことです。
ライルさんはそれを知ったうえで、このメリラをリジェネさんに飲ませたのでした。


愛用している大ぶりの椅子へ腰掛けたライルさんは、自分の膝小僧へ頭を凭せ掛けて、お薬の禁断症状に耐えているリジェネさんの髪を優しく撫でています。
メリラの味を覚えさせられてからというもの、リジェネさんはライルさんのお気に入りの玩具になっていましたから、いつでもライルさんと一緒にいるのです。
何をされても(今のように禁断症状が出るまで捨てておかれても)、抵抗したり暴れたりや何かはしません。
そういうことをすれば、メリラが貰えなくなってしまうんだってことを、ライルさんがリジェネさんにしっかりと教え込んでいたからです。
そして、リジェネさんがきちんと良い子にしていれば、おかしくならない程度にはちゃんとメリラを飲ませてあげるのでした(それがリジェネさんにとって良いことか悪いことかは微妙なところです)。
右手の手袋の中指の先を口で銜えて、手袋を取ったライルさんは、傍らの円卓へ置いてある小さな瓶を手に取ります。
親指ほどの大きさの、表面をつるつるに磨き上げられた、濃い青色の綺麗なガラス瓶です。
中には、あのメリラが入っています。
ライルさんは瓶の蓋を取り、その口へ人差し指のお腹を付けてぴったりと塞ぐと、一度瓶を逆さまにしました。
すると、極僅かなメリラが指先にくっつきます。
それをちょっと眺めてから、ライルさんは「リジェネ、」と言いました。
苦しげな表情で顔を上げたリジェネさんに、ライルさんは尋ねます。

「ほら、いつものやつだ。欲しいか?」

リジェネさんは、当然ながら、「欲しい」と答えます。
もう息も絶え絶えですし、ライルさんのマントの端を掴む指は震えています。
見ている方まで苦しくなってきそうな風情でしたが、ライルさんはそれでも可笑しそうに唇を歪めました。

「そうか。じゃあ、あげような」

そう言って、左手でリジェネさんの顎を掬い上げると、右手の人差し指をその口へ突っ込みます。
リジェネさんは舌先に感じたなんともいえない甘み(これがメリラの味です)に、僅かに声を漏らした後、ライルさんの指先を舐め始めました。
けれども、くっついていたメリラの量は本当に少ないものでしたから、それ以上味がするはずもありません。
それでもライルさんの右手を捧げ持って、夢中で指を舐めているリジェネさんの髪を、ライルさんは優しく撫でています。
なんて可哀想で、なんて可愛いんだろう。
そんな風に思っています。
ライルさんはどちらかと言うまでもなく、気に入った人のことをとことんまで苛め抜きたいタイプの吸血鬼でしたから、惨めなことこの上ないリジェネさんの有様を、とっても気に入っていました。
そして、もっと壊してやりたい、なんていう風にも思っていたのです。





数週間後、リジェネさんは小さな部屋へ入れられていました。
お食事は与えられていますが、メリラだけは貰えていません。
禁断症状は、すでにピークに達しています。
其処へライルさんがやってきたものですから、リジェネさんはその足元へ這っていって、「ライル、ライル、頂戴、」と必死にお願いをしました。
『強請るより、耐えろ』というライルさんの言いつけを破ってのお願いです。
そして、それに対するライルさんの答えは、意外にも「ああ、良いぜ」というものでした。

「俺はお前を気に入ってるし、死なせるのも本意じゃあないから、もちろん飲ませてやるよ。だが、その前にお前に会わせたい人間がいるんだ」

ライルさんはそう言うと、閉めていたドアを開け、その向こう側から一人の人間を部屋へ引き入れます。
少し汚れた服からすると、その辺りの村の人間でしょうか。
彼は後ろ手に縛られていて、その口には猿轡がかまされていました。
これから自分は一体どうなってしまうんだろう、そんなような顔をしながら、ライルさんやリジェネさん、部屋の中を忙しなく見回しては、身体をがたがたと震わせています。
ところが、酷く怯えた様子のその人間には、リジェネさんは全く見覚えがありませんでした。
本当に全く、です。
不思議に思ってライルさんを仰ぎ見ますと、その青い眼はたいそうご機嫌な様子で細められています。
リジェネさんの視線に気が付いたライルさんが、口を開きます。

「確かにこいつはお前の知り合いでもなんでもない、ただ城の周りをうろちょろしてただけの人間だ。だが、たいへんなことをしでかしてくれてな。こいつは、メリラの瓶を丸呑みしちまったんだ」

よっぽどメリラが欲しかったんだか何だか知らないが、迷惑な話だよな。おかげでお前に飲ませてやれないし、俺も楽しめないしで散々だ。なんとか吐かせようと思ったが、それもできないときた。

「ああ、困った。一体どうしたらいいんだろうなあ」

なあ、リジェネ、と、ライルさんが首を傾げます。
もちろん、全部が全部、ライルさんのお芝居です。
男の人を無理矢理掻っ攫ってきたのもライルさんですし、メリラの瓶を丸呑みさせたのもライルさんです。
当然ですが、瓶を吐かせる努力なんてミジンコほどもしていません。
けれども、黙っていれば、リジェネさんにとっての真実は、ライルさんの言葉だけです。
地べたからゆらりと立ち上がったリジェネさんを見て、ライルさんは笑います。
笑って、震えている男の人の後ろへ回り、ねっとりと囁きました。

「どうだ、俺の玩具は綺麗だろ。だがな、ある薬には滅法目がないんだ。どんなことをしてでも手に入れたい、と思ってる。そして、その薬が今何処にあるか…、もう、解ってるよな?」

ライルさんの言葉に、男の人の目が見開かれて、猿轡で塞がれた口からは悲鳴が漏れました。
その様子にほくそえむと、ライルさんは男の人の縄をナイフで切って、猿轡も外してやり、不要になったナイフを投げ捨てて、早々に部屋を出ます。
部屋の中からは助けを求める悲鳴が聞こえ、頑丈な木のドアもガタガタと音をたてましたが、それらは全く無視して、外から閂をかけて、錠前も下ろしてしまいます。
小さな部屋は密室です。
中にあるのは、お薬の禁断症状が出ているリジェネさんと、メリラの瓶をお腹に抱えた男の人、それから、ライルさんが床へ放り投げたナイフが一本、男の人を縛るのに使っていた縄、猿轡の布の切れ端です。
舞台に役者、小道具の準備は万全でした。
ショーの後が見ものだ、とライルさんは楽しそうに笑いながら、長い廊下を引き返していきます。
後ろのほうからは、誰のものかもわからない、大きな悲鳴が聞こえてきます。



数時間の後、小部屋を覗いたライルさんは、満足そうな表情をしました。
石造りの壁や床は夥しい血液で汚れていて、真っ赤に染まっています。
その真ん中にはリジェネさんが蹲っていて、切り開いた男の人のお腹から、メリラの瓶を引き摺りだしたところでした。
「ライル、」と呻くリジェネさんに、ライルさんが「良いぜ」と言ってあげますと、真っ赤な手が、蓋を抜き去った瓶を口へと運びます。
俺にもくれよ、というライルさんの言葉には、返り血にまみれたリジェネさんの唇が応えました。
メリラのもたらす甘さや淡い酩酊、人間の血の味に、ライルさんが低く喉を鳴らします。
飢えを満たしたリジェネさんは恍惚の溜め息を吐いて、ライルさんの肩の辺りへ頬を擦り寄せました。
無造作に床へ置かれているナイフの刃が、ぬらぬらと光っています。

ライルさんと
お気に入りのおもちゃのおはなし

2008.11.23   上 au.舞流紆
閣下はリジェネさんを吸血鬼にする前にヤク漬けにしていたりします、朝飯前だぜ、
※「メリラ(mellilla)」:ラテン語で「小さな蜜」の意、「妻、愛人」という単語の代わりとしても使用される、































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