ティエリアさんは、今朝方から全長5センチばかりのアブラコウモリと対峙していました。 と言いましても、ティエリアさんは真っ暗な洞窟に突っ立っているわけではありません。 あばら家の古びた木の椅子に座って、遅めのお昼ごはんのパンケーキを食べてます。 アブラコウモリも岩の隙間にいるわけではなくて、テーブルの上に置かれている大きな燭台の金具にぶら下がっていました。 時折もぞもぞと動いて、キィ、と小さく啼きます。 それを横目で見て、口へ運びかけたフォークを下ろすと、ティエリアさんは言いました。 「空腹なのですか、ロックオン・ストラトス」 よく炒ったナッツの色をした小さなアブラコウモリは、小さな声で、もう一度、キィ、と啼きました。 これはあまり知られていない事ですが、吸血鬼には数年に一度、魔力がとっても弱くなってしまう日があります。 その周期は個体によってまちまちでしたが、一概に言える事には、身体の外側の魔力ではなくて、内側の、魂にうんと近いところの魔力が弱くなってしまう日だという事です。 そして、その日は動物に姿を変えて静かに過ごす、というのが、吸血鬼たちの間での慣例になっていました。 吸血鬼ハンターに見つかる確率を出来るだけ下げる、そういった理由からの慣例です。 というわけで、ストラトス伯は今朝方からアブラコウモリの姿に変身しています(あばら家にハンターが詰めかけて来る事はありませんが、185センチの長身で床にへたばっていたり、テーブルに突っ伏してぐったりしていたりするのはやっぱり邪魔というものですから、アブラコウモリの姿になって、蝋燭の台の股の部分へ自主的にコンパクト収納されているのでした)。 ティエリアさんが小さな木のスプーンに蜂蜜を掬って差し出してやりますと、アブラコウモリなストラトス伯はテーブルの上へ、ぽたっ、と落っこちてきて、それをちびちびと舐め始めます。 小さくて温かくて柔らかそうなものがなんとなく苦手なティエリアさんは、なるたけ柄の端っこを持とうとしているものですから、スプーンは頼りなく揺れてます。 そのせいで、アブラコウモリなストラトス伯の鼻先は時折とっぷりと蜂蜜に潜ってしまったりなんかしたので、彼は小さなかぎ爪で一々それを落とさなくてはいけませんでした。 ティエリアさんの脳内に"拭いてあげる"という選択肢はありません。 相変わらずスプーンの柄の端っこを持ってます。 そうした具合でちびちびと舐めるわりには、幾らも経たない内にすっかり舐めてしまったので、ティエリアさんがもう一杯蜂蜜を掬おうとしますと、アブラコウモリなストラトス伯は首(といっても、首なんてほとんどありませんでしたから、身体全体でしたが)を横に振りました。 "もう十分"、そういう事みたいです。 アブラコウモリなストラトス伯は、ティエリアさんの人差し指(スプーンをパンケーキが乗っていたお皿の上へ転がしてからテーブルに着地したティエリアさんの人差し指)をもたもたと抱えると、其処へ小さな鼻先をきゅっと押し付けて、元通り燭台の金具へぶらさがります。 それから、キィ、と啼きました。 ティエリアさんは、なんだかちょっとむず痒いような気分になったのと、小さくて温かくて柔らかいものに触ってしまって微妙な気分になったのとで、指の先をぼろぼろのローブへ擦り付けました。 それから、ずっとアブラコウモリでいた方が余程経済的だ、と思いました。 ストラトス伯が元の姿に戻ってティエリアさんにきちんと「ありがとう」を言うまで、もしくは、元の姿に戻ったストラトス伯に「ありがとう」と言われたティエリアさんが何と返していいのか解らずに顔を顰めるまで、まだしばらくの時間が残っています。 ティエリアさんと茶色い毛玉のおはなし 2008.7.8 上 au.舞流紆 ハロウィンパラレルその7、このてのベタ展開はいっそいとしいよね、という、 (元ネタの絵でストラトス伯の髪の毛が犬耳みたいになってたのと、吸血鬼伝承に縁のある動物という事で「よく炒ったナッツ色のオオカミ」も捨て難かったのですが、先日放送された「しぜんとあそぼ」に出てきたアブラコウモリが最高にかわいかったので「よく炒ったナッツ色のアブラコウモリ」になりました、) |
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