一概に申しますと、吸血鬼という生き物は絵画が大好きでした。 吸血鬼は鏡やカメラに姿が映りませんでしたし、死ねば一握りの灰になってしまいますから、気軽に記憶に留めておくのには、描き残しておくのが一番だったのです。 それに、彼らには耽美主義的なところもありましたから、絵画をはじめとする芸術活動は、吸血鬼史上においては大切な文化の一つでした。 それは、ストラトス伯にとっても勿論例外ではありません。 ストラトス伯も時折、油絵を描いたりしていました。 真っ黒な海、薄暗がりにぼんやりと浮かんだ建物、月明かりの下の花や蝋燭を灯す小さな女の子の絵です。 全部の絵に共通する事といったら、みんながみんな、夜の絵だという事でした。 これは、ストラトス伯の絵に限った事ではありません。 吸血鬼たちが描く絵は、みんな夜の絵なのです。 どうして夜の絵しか描かないのかといいますと、吸血鬼は夜に生きるものでしたから、真っ暗闇や月明かりの世界、蝋燭が薄く照らす室内しか見た事がなく、そして、描けなかったのです。 昼の世界を蔑んでいるのもまた、その大きな原因になっていました。 そんな中、最近のストラトス伯が描く絵は、革新的な様相だったかもしれません。 鮮やかな青空、あばら家の壁に生した苔の朝露、木洩れ日に揺れるブルーベル。 みんな昼の世界のものです。 魔力を失くしたおかげでお日様の下を歩けるようになったストラトス伯は、なんでもないような風景や何処にでもある色がとりわけ好きになっていました(ストラトス伯いわく、「これを見られなかったなんて、今迄の人生の8割を無駄に過ごしていたようなもんだ」だそうです)。 そんなストラトス伯は、今日も絵を描いてるみたいです。 「まだですか」 「まだ。…あんまり動くなよ、」 ストラトス伯は、それはそれは熱心にスケッチをしていました。 何って、ティエリアさんを、です。 読書中だったティエリアさんは、「描いてもいいか」と尋ねてきたストラトス伯に、「勝手にしたらいい」と投げ遣りな返事をしましたが、今ではそれをたいそう後悔していました。 簡単に言えば、穴が開くほど見つめられながらする読書は、思っていたよりもずっとむず痒いものだったのです。 ちょんちょんと小さく突き刺さってくる視線はとても鬱陶しく、落ち着かないのですが、それをストラトス伯に悟られては負けだとティエリアさんは思っています。 ご存知のとおり、ティエリアさんのプライドはエベレスト級の標高を誇っていました。 一方のストラトス伯はといいますと、気軽さ半分、緊張半分でした。 身近な人を描くのですから、余計な力は要りません。 とはいえ、ティエリアさんを描くのは今回が初めての事でしたから、少し模索気味です(なにしろ、ティエリアさんはたいそう綺麗な見た目をしていましたから、線の角度が少しずれるだけでも、なんだかとんでもない失敗作のように見えるのでした)。 カンバスをパン屑でこしこししながら軽く唸っているストラトス伯の傍で、意味もなく本の頁をぱらぱらするティエリアさんは、それでも必死で文字を追っかけてます。 空気はほんの少しだけ緊張していて、ストラトス伯にとっては丁度良かったのですが、ティエリアさんにはだいぶこそばゆいようで、時折もぞもぞと首を竦めたりなんかしていました。 じっと見つめられるのは、ほんとうに落ち着きません。 視界の端っこの方で、ストラトス伯のトノサマバッタの足のような色をした目が閉じたり開いたりしているのに気がつくのも、落ち着きません。 「まだ、ですか」 「悪いな、もうちょっとだけ、」 ストラトス伯はすっかり熱中しています。 ティエリアさんは、悪いと思うなら早く切り上げてほしい、と思いながら、またもぞもぞと首を竦めています。 一度了承した事を覆すには、ティエリアさんは少し生真面目にすぎましたし、プライドの高さがエベレストすぎました。 ティエリアさんは、思わずしそうになったり吐きかけたりした欠伸や溜め息を必死に堪えています。 もう本は読んでいません。 それからしばらくして、一枚の小さな絵が出来ました。 一人の魔法使いが、テーブルへ向かって読書をしている絵です。 窓からは靄のような光がさして、テーブルに置かれた花の小瓶を淡く透かしています。 古い木のテーブルの溝は黒く、ぼろぼろのローブは麻袋のような質感で描かれています。 本へ視線を落としている魔法使いがとても物憂げな表情をしているのを見て、ティエリアさんはストラトス伯の事を、ロマンチストでメルヘンなくせに写実主義的な画家なのだと認識しました。 ストラトス伯が早くも次の作品の構想(勿論ティエリアさんを描く気です)に入っている事をティエリアさんが知るのは、もう少し後のおはなしです。 続々・ストラトス伯とティエリアさん 2008.4.27 上 au.舞流紆 ハロウィンパラレルその4、 ストラトス伯も大概がフリーダムなようです、 |
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