ストラトス伯はお腹が空いていました。
とんでもなくお腹が空いていました。
お腹と背中がくっつくくらい空いていました。
ティエリアさんに魔力を封じられ、一緒に暮らすようになってからというもの、ストラトス伯は吸血鬼としてのまともなお食事を一切していません(ティエリアさんにボッコボコにされた時のお食事は未遂に終わりましたから、正確にはもっとずっとお食事をしていません)。
もともと「お食事したい」という欲求はそれほどありませんでしたが、そうはいっても、生き物である以上は無条件にお腹が空くのです。
生態系の頂点にいる吸血鬼といえども、それだけはどうにもなりませんでした。



「ごちそうさまでした」

ストラトス伯は祈るように手を組んで、頭を少し下げました。
目の前には干乾びた白兎が一匹。
あまりにもお腹が空いて空いて辛抱出来なくなった時、ストラトス伯はこうして森の動物の血を飲んで我慢しています。
ティエリアさんには勿論内緒です。
ストラトス伯は成り行き上、ティエリアさんに嘘を吐いたり、黙っている事が幾つかあって、これはその内の一つでした(ティエリアさんには「魔力を失くした吸血鬼に血は必要ない」と言ってあります)。
手近なところに穴を掘って、ぱさぱさの兎を埋めます。
土を盛って、天辺に小石を一つ置いたら、お墓のできあがりです。

(兎には悪いが、本当はあまり意味が無い。何も食べないよりはマシだが、とにかく質が悪い)

ストラトス伯は思います。

(濃厚な、バターみたいな味だったか、)

昔昔に味わった滑らかな塩気が舌先を過って、ストラトス伯は思わず舌なめずりをしましたが、そのすぐ後に、とっても自己嫌悪しました。
それは、人間の血の味でした。


人間の事を知り始めてから幾つもの季節が巡った今となっては、ストラトス伯にとって、人間はお隣さんみたいなものです。
少ないですが、お友達も何人かいます。
ご飯の時に、ティエリアさんが、ぎこちなくでも時々(本当の本当にぎこちなく、本当の本当に時々、ですが)「おいしい」と言ってくれるのが嬉しいです。
ストラトス伯は、もう人間を襲いたくはありませんでした。
じわじわと力が削ぎ落とされていくのを、ただただ受け入れる毎日です。
人間でいうところの、老衰、というものに似ているかもしれませんが、それよりもずっとずっと急激に磨り減っていって、けれども、目立って衰えるわけではありません。
あとどれだけの時間が残されているかも解らないのです。
永い永い時を生きる吸血鬼にとっては、耐え難い苦痛でした。


小石を暫く見つめた後、ストラトス伯はゆっくりと立ち上がりました。
もうすぐ夕飯の支度をする時刻ですから、帰らなくてはいけません。
ストラトス伯がご飯を用意しないと、ティエリアさんはパンの耳やチーズの欠片をちょっと口に押し込んだだけでお食事を済ませてしまうのです。
真っ黒なタキシードの膝に付いた土を払い、あばら家へと続く道を歩いていきます。
眩暈はしません。
だるくもありません。
喉が渇いている、ただそれだけです。

小道に長く木々の影が伸びています。
ストラトス伯は長く溜め息を吐きましたが、その溜め息も、風に紛れてすぐに消えてしまいました。

ストラトス伯とバターの味のおはなし

2008.4.15   上
2008.7.15   加筆修正 au.舞流紆
ハロウィンパラレルその3、ちょっとかなしくせつなく、

























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