ストラトス伯と一緒に暮らし始めてしばらくが経ったある日の事、普段は何も乗っていない筈のテーブルに小さな空き瓶が在り、其処へ白い花が一輪揺れているのを、ティエリアさんは見つけました。

(呪術の類か、)

ティエリアさんはそう考えて、足を止めます。
けれども、それは全くの見当違いというものでした。
白い花は魔法の草どころか、薬草ですらない、毒も持たないただの可憐な野の花で、ストラトス伯が摘んできたものだったのです。


ストラトス伯にとって、食卓に花が飾ってあるのは極々当たり前の事でしたが(なにしろ彼はメルヘンな見た目を裏切らないロマンチストでした)、ティエリアさんにとってはそうではありません。
ティエリアさんは小さな頃に育て親のヴェーダさんを亡くしていて、そのヴェーダさんもこういった行為とは無縁の人でしたから、食卓どころか部屋の何処にも花が飾られた事はありませんでした。
せいぜいハーブが吊るされる程度で、そのハーブにしても、単に乾燥させるために吊るされただけです。
それに、ティエリアさんは、吸血鬼なんて碌でもない連中だ、と思っていました。
奴らは残虐で非道、ヴェーダさんにそう教えられていました。
ですから、吸血鬼であるストラトス伯がこんな文化的な行動をするとは微塵も考えなかったのです。


一輪の小さな花を前に、ティエリアさんは躊躇しています。
下手に動かしたら、呪われてしまいそうな気がしていました。
今はその魔力の大部分を失っているとはいえ、相手は全力で潰しにかかっても倒せなかった吸血鬼伯爵、ベストの状態で臨んだにも関わらず果せなかったという苦い思い出は、そう簡単には払拭できません。

(燃やすか、いや、もしそうするならば、予防策として結界を三重に張ってから遂行すべきだ、)

ヴェーダさんに教えられた事の中から最善を打ち出し、この不気味な呪いを解くべく、ティエリアさんは只管思考を巡らせています。
そんなところへ、ストラトス伯が帰ってきました。
庭をいじりにいじったので、泥だらけです。
テーブルの上の花を睨みつけたままで動かないティエリアさんに、ストラトス伯はにっこりしました。

「ああ、その花、可愛いだろ、」

緑があると和むよな、それでも見て少しは眉間の皺取れよ、と続けます。
それを聞いたティエリアさんは、庭仕事に汚れた手を洗うストラトス伯と、テーブルの上の花とを交互に見ました。
何度もです。
その顔が、みるみるうちに真っ赤になっていきます。
全くくだらない思い違いだった事に、ようやく(それもたいそう呆気なく)気がついたからでした。
しかも、その思い違いの原因は全く屈辱的な"臆病心"が主でしたので、恥ずかしいやら腹が立つやら情けないやらで、口もきけません。
それに、なんだかとてももやもやとした気分がしていました。

(吸血鬼がこんな非生産的な行動をするなんて聞いていませんヴェーダ、)

そんな戸惑いがもやもやの理由だとティエリアさんは後々に自己分析をしましたが、実のところ、それは少し違います。
布切れで手を拭くストラトス伯は、顔を真っ赤にしてぶるぶると震えているティエリアさんを見て、首を傾げています。



それからというもの、テーブルの上の小さな空き瓶には度々花が咲く様になりました。
ストラトス伯は吸血鬼にしてはたいへんマメで、労力を惜しまないタイプでしたから、ティエリアさんの家庭菜園兼薬草畑の隅っこで花を育てるようになり、うっかり茎を折ってしまった花や特別綺麗に咲いた花を小瓶に挿すようになったのです。
ティエリアさんはといいますと、あの一件以来、なんだか落ち着かなくなってしまっていました。

(やはりこれは何かの呪いではないのか、)

小瓶に揺れるブルーベル(何くれと拘るストラトス伯は、純粋なイングリッシュ・ブルーベルの栽培に力を注いでいるようでした)を、ティエリアさんは椅子に腰掛けて眺めています。
もちろんブルーベルはただのブルーベルで、呪いがかけられているわけではありません。
ドアの外から「両手が塞がってるから開けてくれー」と、ストラトス伯の声がしました。
ティエリアさんは溜め息を吐きながら、立ち上がります。
やっぱり少しだけ、もやもやしています。

続・ストラトス伯とティエリアさん

2008.4.9   上
ハロウィンパラレルその2、警戒心剥き出しだった頃のティエリアさんのおはなし、
(ブルーベルはスパニッシュやハイブリッドよりもイングリッシュがすきです、とても繊細、)


























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