ティエリアさんの家庭菜園兼薬草畑の隅っこで、ストラトス伯はお花を育てています。
マーガレット、ブルーベル、フリージア、アイリス、勿忘草にクリスマスローズ。
この他にも季節によって色々な種類のお花が畑の隅っこで顔を覗かせます。
ストラトス伯はとってもマメな吸血鬼でしたから、どれも念入りにお手入れをして、いつも綺麗に咲かせていました。
雨の降る時季に咲くこの花も例外ではありません。



ある日のことです。
ティエリアさんはドアを開けた瞬間に目の前を覆い尽くした青い色に吃驚してしまって、目をぱちぱちしていましたが、その青い塊がずんずんと迫ってくるので、それに合わせて後退りをしました(青い塊が5センチ近寄ってきたら、5センチ下がる、といった風に)。
そうして、「一体如何したのですか?」と言います。

「そんなにアジサイを切って」

そうです。
先程ティエリアさんの視界を埋め尽くしたのは、たくさんのアジサイの花でした。
そして、この小さな山のようになっているアジサイをあばら家へ持ち込んできたのは、勿論ストラトス伯です。
ストラトス伯はアジサイをテーブルの上へ下ろすと、「いやな、」と笑いました。

「今年のは特別綺麗だから、乾燥させて飾ろうと思ってさ。リースなんか作ったら、きっと見栄えが良いだろ」

そんな風に続けながら、椅子へ腰掛けて、早速ゴミ取りを始めます(ゴミを残しておくと見栄えが悪くなってしまうのは当然ですが、虫やカビがついて、上手に乾かなかったりする原因にもなるのです。それに、ストラトス伯は基本的に"善は急げ"の吸血鬼でした)。
ティエリアさんはせっせとゴミ取りをしているストラトス伯を暫く眺めていましたが、そのうちに作業代の抽斗の中をごそごそし始めました。
植物を乾燥させるのには、湿気が少なくて風通しの良い所へ吊るしておくのが常套手段ですから、そのための麻紐を探しているのです。
それに、ストラトス伯が持っている剪定鋏では紐は切れませんし、これだけの量のアジサイを吊るすとなると、あばら家や納屋に打ち込んである釘だけでは足りないような気もしますから、それもついでに探すことにします。
鋏に釘に金槌にと動き回っているティエリアさんに気が付いたストラトス伯が「ありがとう」と言ってきたのには、暫くうろうろと目を彷徨わせた後に「いいえ」と言ったのですが、それからうんと時間が経ってから、もう一言、ぼそりと言いました。

「…どう、いたしまして」

ティエリアさんは下を向いていたので、ストラトス伯が少しだけ目を見開いて、それから笑ったのには、ちっとも気が付きません。



さて、その幾らか後のことです。
あばら家のテーブルの上では、乾燥アジサイがやっぱり小さな山を作っていました。

水草の緑と言ったら良いのでしょうか、それとも、沼の緑と言ったら良いのでしょうか。
そんなような色の中へ、とても優しい色がなんとも言えない風情で甘くぼやけています。
猫の瞳の青、海の波によく洗われたガラスの水色。
それから、朝焼けの淡い紫に、焼きたてのパンの耳の茶色。
そういった雑多で身近な色が、です。

「ああ、良い出来だ」

その言葉のとおり、ストラトス伯はとても喜んで、小さなリースを幾つか作ると、そのうちの一つをライルさんとリジェネさんが暮らしているフラットに宛てて送り、残ったうちの一つをあばら家のドアの外側へ吊り下げました。
それから、手伝ってくれたお礼に、と言って、ティエリアさんには栞を作ってくれました。
表面にアジサイが幾つか貼り付けてあって、細身のリボンが通されている栞です。
書き損じの羊皮紙を栞代わりにしたり、酷い時には読みかけの頁を開いたままで本を伏せていたりするティエリアさんですから、活用の場は十分でしょう。
小さな小さな声でお礼を言ったティエリアさんに、ストラトス伯はまた少しだけ目を見開いて、けれども、すぐに「どういたしまして」と言いました。


ティエリアさんが熱心に読んでいる論文集からアジサイとおんなじ色をしたリボンが垂れ下がっているのを見たストラトス伯がちょっと頬を緩めたのは、その日の夜のおはなしです。

ストラトス伯とティエリアさんと
乾燥アジサイのおはなし


2009.8.11   上 au.舞流紆
ハロウィンパラレルその19、ティエリアさんがだんだん人語を操れるようになってきました、

































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