いろんなものに興味があって、いろんなものが大好きで、いろんなものを大事にしているストラトス伯ですが、そんな彼にも、心底大嫌いなものがあります。
吸血鬼ハンターです。
といっても、全ての吸血鬼ハンターを嫌っているわけではありません。
400年前に自分の家族を殺した吸血鬼ハンターたちとおんなじ、"吸血鬼だから"というたったそれだけの理由だけで引き金を引くハンターが嫌いなのです(その他のハンターに関しては、好きでも嫌いでもありません。人間だって血を吸われたり、殺されたりしたくないに決まっていますから、同胞がハンターたちに撃ち殺されるのを、ストラトス伯は「狼が鹿の角に目を突かれるのと同じだ」という風に理解をしていました。もちろん、大多数の吸血鬼たちはそんな穏便な捉え方はせず、ひたすらに人間を嫌い、そんな人間に殺された同胞を蔑むばかりです)。
そして、そういった種類の吸血鬼ハンターに対するストラトス伯の憎しみは、少しばかり根深く、複雑なものだったかもしれません。



アイルランドのとある森の中、月明かりが差す開けた窪地に幾人かの人間が倒れています。
そのうちの殆どが、胸や腹、或いは頭を銃で撃たれていましたが、その中の一人だけは首と身体とが無理矢理に引き千切られたようになっていました。
辺りは一面血だらけで、生きている人間は一人もいません。
けれども、"生きている吸血鬼"はいました。
ストラトス伯です。
ストラトス伯は、首と身体とを引き千切られた人間に覆い被さり、血を吸っています。
その目はいつものような柔らかな緑色をしてはおらず、酷く冷たい青色をしていました。


今はもう息をしていない幾人かの人間とストラトス伯とが出会ったのは、少しばかり前のことで、その人間たちにとって運が悪かったことには、彼らはストラトス伯が最も嫌っているタイプの吸血鬼ハンターだったということです。
当初のストラトス伯は、そのまま逃げようと思っていました。
無用な争いはしたくありませんでしたし、他の吸血鬼のように人間をいたぶることを趣味にしてはいなかったからです。
けれども、そんなストラトス伯の考えは、追ってくるハンターたちの間で交わされた言葉を聞いて、変わりました。

"殺したとして、一体いくらになるんだろうな"、"あいつで13人目だ"、"どうせなら、前にしたみたいに痛めつけてから殺してやろうぜ"、"日頃の鬱憤晴らしだ"

ハンターたちはそう言って、時折笑いなんかも漏らしています。
そんな心無い言葉の数々に、ストラトス伯は自分の頭の奥が、す、と冷めたのがわかりました。
同時に、その足が止まります。
其処はちょうど見通しの良い窪地になっていましたから、追いついてきたハンターたちは、これ幸いとばかりにストラトス伯に銃を向け、一斉に撃ち始めました。
弾の出し惜しみはしていないようで、喧しい音が幾つも幾つも重なります。
夥しい数の薬莢が、草の間へ落ちてゆきます。
ストラトス伯は、始めに足を止めた位置へ立ち尽くしたままで動きません。
しばらくすると、雨の音にも似た発砲の音の中に、どさり、という鈍い音が混じりました。
ところが、一つあればいい筈のその音は、幾つも混じったのです。
混じって、混じって、最後には銃声だけになります。
やがてその銃声も一丁だけのものになり、最後にその場に立っていたのは、ストラトス伯と二人のハンターでしたが、そのハンターのうちの片方が他の人間とおんなじように倒れ込みました。
胸を何発も銃で撃たれています。
ストラトス伯は、やっぱり一歩も動いていません。
ただ一人残っているハンターが構えている銃からは、薄く煙が立ち昇っていました。

「た、助けてくれ、」

呻いたハンターに、ストラトス伯はその眼を向けます。
眼は青色をしていて、瞳孔が爬虫類のそれのように、縦に長くなっています。
それは純血種の吸血鬼ならば誰しも少なからず持っている"石の眼"と呼ばれる能力で、眼を見た者の身体の自由を奪い、操ることができるというものでした(一般に、元の眼の色が青に近ければ近いほど力が強いと言われています)。
ストラトス伯はその眼の力を使って、ハンターたちに自分の仲間を撃たせたのです。
そして、最後に残った一人(彼は幾度もストラトス伯に向けて引き金を引こうとしたのですが、銃口は最後まで仲間の方を向くばかりでした)も、もちろん生きては帰しません。
助けてくれ、何でもする、と繰り返すハンターに近寄って、ストラトス伯は言いました。


「俺たちが命乞いをしたとして、お前がそれを聞いてやったことがあったか?」


返事はありません。
言葉が終わるのとほぼ同時に、ストラトス伯が腕を横に凪ぎ、ハンターの首の骨をへし折ったからです。
そうして、そのぐんなりとした首筋へ牙を突き立て、皮膚やら血管やらをぶちぶちと力任せに噛み千切って、どっと溢れ出した血を吸いました。
いつもは人間の血を吸うことに抵抗を覚えるストラトス伯ですが、この時ばかりは、躊躇いはありません。
服が汚れるのも構わずに、裂いた首筋へ鼻面を突っ込んで、温かい血を吸います。
その脳裏を、三つの砂山と銀の杭、荒らされた部屋、割れたステンドグラスに反射する月明かりが過ぎっています。
体中の血が、沸騰しているかのようにぐらぐらとしています。


窪地が静かになってからしばらくが経って、ストラトス伯は顔を上げました。
その拍子に、口許から血の塊が、ずるり、と垂れます。
眼は、いつもの緑色に戻っています。
ストラトス伯は辺りを見回し、動かなくなったハンターたちを見ると、少し目を伏せて立ち上がり、それから、元来た道(つまり、自分のお城への道)を引き返して行きました。
その道すがらに出会った狼たちには、窪地に良い物がある、と伝えておきましたから、ハンターたちは上手に、しかも極めて有効的に処理されるでしょう。
狼が駆けていく姿を見送りながら、ストラトス伯は思っています。

(俺はあいつらとは違う、)

けれども、こうも思っていました。

(俺だって、あいつらとそう変わりはしない、)

俺は。
呟いたストラトス伯は、足を止めて、空を見上げます。
空にはお月様とお星様がきらきらと瞬いて、でも、それだけでした。
ストラトス伯の耳に、彼を導き、それらの答えを教えてくれるものは、何一つとして聞こえませんでした。

ストラトス伯がティエリアさんと出逢い、あばら家で幸せな毎日を送り始める朝の、ずっとずっと前のおはなしです。

ストラトス伯と薄闇の舞踏のおはなし

2009.3.2   上 au.舞流紆
ハロウィンパラレルその17、笑うことのできる存在の生における大いなる矛盾点にして妥協点にしてその意義の在り処、
(吸血鬼は基本的に肉弾戦派です、力任せにへし折ったり噛み千切ったり振り回したり蹴り砕いたりとかそんなんです、)
作業用BGM:「Way Away」 by Yellowcard(バイオリニストがメンバーにいるちょっとかわった洋楽ロックバンド、)

































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