今日のストラトス伯とティエリアさんは、大きな木箱を覗き込んでいます。 その大きな木箱の中には、たくさんの小さな箱が詰まっていて、そのまた中には、古い指輪やら石の欠片やら動物の骨やら何やらが仕舞われていました。 けれども、ストラトス伯とティエリアさんが探しているのは、もっと別のもの。 ネッカチーフを留めるためのピンです。 なんでそんなものを探しているかといいますと、ストラトス伯が使っていたピンが、今ではティエリアさんの着ているだぼだぼローブの襟元を留めていて、代わりのピンが必要だったからでした(ストラトス伯は「別にネッカチーフをしてなきゃいけないわけでもないし、」と言ったのですが、ティエリアさんは「駄目です」と言いました。ストラトス伯のピンがティエリアさんの手に渡るきっかけになった事件が、やっぱり気になってるみたいです)。 そんなわけで、ストラトス伯とティエリアさんは、お昼過ぎから大きな木箱を覗き込んでいました。 「ああ、これなんか、」 そう言って、ストラトス伯が手に取ったのは、前とおんなじような、赤い石の付いたピンです。 石はブリリアントカットなんかもされていて、シンプルながらもお洒落な感じがします。 ストラトス伯の手元を覗き込んだティエリアさんは、「ああ、」と、懐かしげな声をあげました。 「それは『呪いのピン』です」 さらっと言いましたが、内容は結構危険です。 危険なうえに、ものすごく不気味で嫌な感じもします。 あばら家の室内気温もなんだか少し低下気味で、ストラトス伯に至っては、「え、」と顔を引き攣らせて、身体を固くしてしまいました。 ところが、そんなストラトス伯には全く構わず、ティエリアさんは真顔で解説を付け始めます。 「なんでも、その昔、ピンに嵌まっている石を巡って血で血を洗う骨肉の争いが、」 「ええと、その、別のにするよ」 堪らずにティエリアさんのおはなしを遮ったストラトス伯は、ピンを慌てて箱へ戻しました(長く触っていると、それだけで呪われそうな気がしたからです。ティエリアさんは「そうですか」と言って、あっさり引き下がりました)。 二人はまた、箱の中をきょろきょろ、ごそごそします。 今度取り出したのは、真っ黒な石の付いたピンです。 石だけでなく、ごつごつとした無骨な風情の台も黒っぽく、鈍く光っています。 石を押さえている金具は、角度によっては、なんだか虫の脚か鳥の爪のようにも見えます。 「それは、」と、またしても声をあげたティエリアさんに、ストラトス伯は「今度はなんだ?」と言いました。 ティエリアさんは、やっぱり真顔で答えます。 「『呪いのピン』です」 「またか!」 「先程のものとは桁違いの代物です。台は魔物の血で磨き上げられ、石は罪人の屍を溶かして造られたのだとか。これを身に付けた者は夜な夜な悪夢に魘され、さらには、」 「それ以上言わないでくれ、頼む」 まだまだ続きそうな不気味な解説を、またしても遮ったストラトス伯は、ややげんなりした様子でピンを箱へ戻しました。 「貴方の趣味は難しいですね」というティエリアさんには、「や、趣味云々ていうか」と返して、頭を掻きます。 その後もあれこれと検討したのですが、ティエリアさんがお仕事の報酬に受け取ったのだというピンの数々(ピンだけでなく他の物もなのですが)は、どれもこれも呪われていて、どれもこれもぞっとするような曰く付きの代物でしたから、流石のストラトス伯のテンションもだんだんと下がってきました。 もう呪いのピンシリーズ以外ならなんだっていい、そんな風にまで思い始めている始末です。 ですから、「貴方の趣味は本当に難しいですね」と言ったティエリアさんに、「や、趣味云々ていうか、」と返して、頭を掻く代わりに、こう続けました。 「もう少し普通のピンがいいんだが」 当たり前といえば当たり前の主張です。 それを聞いたティエリアさんは、ちょっと考え込みますと、ベッドの脇まで行って、サイドテーブルの抽斗をごそごそし始めました。 そうして、幾らもしないうちにストラトス伯のところへ戻ってきますと、「これはどうですか?」と、小さなガラスの箱を差し出してきました。 中のクッションの上には、親指の先ほどの大きさをしたピンが載っています。 台は、銀に似ていますが、それとは違う、もっと柔らかくて温かみのある色をした金属で作られていて、蔓草の模様が彫られています。 そして、淡いのか深いのか、どうにも判断付き難い風合いの、緑色とも水色ともとれる色をした石が一粒、嵌められていました。 すっきりとした、品の良い一品です。 ストラトス伯は、これは、と思ったのですが、先程ティエリアさんが口にした一連の曰くを思い出してしまいましたから、恐々と尋ねました。 「これにはどんな曰くが?」 不信感丸出しですが、まあ、それは仕方の無いことだと言えるでしょう(それほどまでにティエリアさんの『呪いのピン』コレクションは恐ろしいものでした)。 けれども、それに対するティエリアさんの答えは、ストラトス伯の思いを良い意味で裏切ってくれたうえに、別の方向での衝撃を運んできたのです。 「曰くはありません。それはヴェーダの普段使いの品でしたから」 そう言ったティエリアさんは、ピンをガラス箱から取り出して、ハンカチで石や台の表面に付いた汚れや埃を拭っています。 その様子を見ながら、ストラトス伯は目をまんまるにしていました。 あばら家にあるお鍋を、片っ端から頭に落とされたような気分です。 なにせ、今迄ヴェーダさんの遺品に触られるのを死ぬほど嫌ってきたティエリアさんが、そのヴェーダさんの遺品を譲ってくれようとしているのですから、無理もありません。 ストラトス伯は、「え、」とか「あ、」とか、言葉にならない声を幾つかあげると、言いました。 「そんな大事なもの、いいのか?」 「かまいません。貴方が使わなければ、どうせ仕舞われているだけです、」 どうぞ。 短い言葉と一緒に、ティエリアさんが汚れや埃を落としたピンを差し出してきます。 お食事中に少し離れたところにある塩を取ってくれる時と、全くおんなじ様子です。 ストラトス伯は、しばらくの間、ピンとティエリアさんとを交互に見ていましたが、「ありがとう」と言うと、神妙な顔付きでピンを受け取りました。 そうして、長い長いベロアのマントや上着やベストを脱いで、シャツの一番上のボタンを留め、解いていたネッカチーフを巻いて、ピンを留めます。 なんだかちょっと緊張していて、その緊張は、元通りにベストと上着とマントを着た後になっても、どうにも治まりません。 首下を頻りに気にしているストラトス伯に、ティエリアさんが言います。 「具合が悪いですか?」 なんともティエリアさんらしい解釈です。 ストラトス伯は「いや、」と首を振ると、「大事に使うよ」と笑って、ピンをそっと撫でました。 やっぱりまだ少し、緊張しています。 この二日ほど後、「あの時言おうと思っていて言えなかったのですが、」と前置きをしたティエリアさんが、ピンがストラトス伯にとっても似合ってるんだってことを口に出して、ストラトス伯はまたひとつ幸せを噛み締めることになったのですが、それはまた、別のおはなしです。 ストラトス伯とティエリアさんと 水草色のピンのおはなし 2009.2.24 上 au.舞流紆 ハロウィンパラレルその16、総集編第1巻収録の「どろどろの月光栽培ハーブのおはなし」のその後、 (男の子が自分の宝物を人にあげる瞬間というのは特別な気がします、女の子のそれとは違うんだろな、きっと、) |
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