ストラトス伯がティエリアさんと出会う、少しばかり前のことです。 その日のストラトス伯は、とある町の外れに、ぽつん、と突っ立っていました。 けれども、1人というわけではありません。 足元には、女の人が横たわっていました。 蒼白い肌、地べたへ海草のように広がったブルネット、見開かれたグレイの目。 働き詰めで洗う暇もないのでしょうか、薄汚れたエプロンをかけて、色の褪せたお洋服を着ています。 華奢な(というよりかは、骨と皮ばかりの)身体は、ぴくりとも動きません。 その首筋には、牙の痕がありました。 そうです。 ストラトス伯は、お食事をしに来ていたのでした。 突っ立ったままのストラトス伯は、ちょっと溜め息なんか吐いてます。 (死んでしまった、また殺してしまった) そんなことを考えているのです。 ストラトス伯爵家は純血種に極めて近しい一門で、その当主であるストラトス伯自身も純血種と殆ど変わらない血を持つ吸血鬼でしたから、その辺の吸血鬼とは大分違った性質の吸血鬼でもありました。 その特別な性質の一つとして、"石の牙"と呼ばれるものがあります。 普通の吸血鬼は人間の血を吸い、その人間に自分の血を与えることで、人間を吸血鬼化させます。 けれども、純血種の吸血鬼はそうではありません。 純血種の吸血鬼に噛まれて血を飲まれた人間は、例え吸血鬼から血を与えられなかったとしても、自動的に吸血鬼になってしまうのです。 つまり、純血種と同じ性質を持つストラトス伯には、噛んだ人間の息の根を必ず止めることが必要なのでした(おかしな慈悲を持ち出して、噛んだ人間を殺さずに解放することは出来ません。解放したところで、彼(或いは、彼女)はもう人間として生活することは出来ませんし、吸血鬼社会においては"人間から転化した吸血鬼"は蔑みの対象でしたから、此方でも孤独な生を強いられるのです。余談ですが、吸血鬼の中にはそういった転落の様子を見るのを趣味にしている者もいて、そんな吸血鬼の餌食になった人間は、逃げ惑った挙句に日光に焼かれるか、でなければハンターに殺されてしまう、という悲劇的な末路を辿るのが一般的なのでした。もちろんストラトス伯には、そんな趣味はありません)。 世の中あまり上手く出来ていないことには、そんなストラトス伯に限って、常々人間と共存する方法を探しているものですから、彼はお食事をする度に酷く打ちのめされているのでした。 (せめて"石の牙"さえ無かったら、) ストラトス伯はお食事の度にそう思っています。 もしこの力が無かったなら、その辺の吸血鬼とおんなじように自分の血を与えない限り相手を吸血鬼にしてしまうことがなかったなら、人間が気絶している間にちょっとだけ血を頂いて、そっと立ち去ることだって出来るのです。 殺してしまわなくたっていいのです。 けれども、生まれる場所や時を選べないように、こればっかりはどうしようもないことなのでした。 ストラトス伯にできることは、せいぜい死んでしまった人間のためにお祈りをすることと、ほんとうにお腹が空いた時にしかお食事をしないようにすること、必要もないのにみだりに人間を殺しては駄目だと一族に説いてまわることくらいです。 でも、ストラトス伯は、それでも血の贖いには足りない、と考えています。 第一、どれほど熱心に説いてまわっても、耳を貸してくれる者はほとんどいないのです(「食事の度に人間を殺してる奴に言われたくはない」と罵られてしまえば、ストラトス伯は一言も言い返せません。体質を言い訳にしたくはありませんでしたし、幾ら節制しているといっても、事実として、ストラトス伯は人間を殺し、その血を吸って、生きているのです)。 それでもストラトス伯が生き続けている理由といったら、自分がいなくなれば、吸血鬼一族と人間たちとの溝がますます広がるばかりだと思っているからでした。 見開かれたまま動かないグレイの目に、屈み込んだストラトス伯はそっと手を置いて、瞼を下ろしてあげます。 微かに吹く風に、ブルネットが地べたでほろほろと揺れています。 ぼろぼろのエプロンも揺れています。 この女の人にも家族がいて、自分とおんなじように日々を過ごしていたのだと思うと、ストラトス伯は遣り切れない気持ちでいっぱいになり、本当に申し訳なくもなるのでした。 ストラトス伯は頭を垂れて、静かに十字を切ります。 こんなことで浮かばれる筈も無い、そう思っていても、これ以外に一体何ができたでしょうか。 とても哀しい気分で立ち尽くすストラトス伯の、その長い長いベロアのマントを、風が静かに揺らしています。 町はまだ、眠っています。 ストラトス伯と町外れの晩餐のおはなし 2008.11.2 上 au.舞流紆 ハロウィンパラレルその12、ストラトス伯の過去の断片、 ストラトス伯の「無いものねだり」はわりと切実です、 |
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