リジェネさんがニールさんを脱・童貞へ導いてからというもの、ライルさんにはちょっとした悩み事ができてしまいました。 ニールさんの影響を受けたリジェネさんが、二次元の世界に興味津々になってしまったのです。 おかげで、ライルさんが始めて貰ったお給料で買った高級なオーディオセットは、最近ではもっぱらアニメ放送のために活用されています。 そして、その噂の高級オーディオセットは、どうやら今日もフル稼働しているようでした。 「…おい、リジェネ」 「……」 「リジェネ」 「……」 「リジェネ!」 「何だい?」 度重なるライルさんの呼びかけに、リジェネさんはようやくお返事をして、振り返りました。 けれども、ライルさんが名前を呼んだきりで何も言わないので、すぐにテレビへ向き直ってしまいます(ライルさんは、ちょっとムッとしました)。 いつもだったら「どうしたんだい?」ともう一度尋ねるリジェネさんがそれをしなかった理由は、今、大好きなアニメ作品がテレビで再放送されているからでした。 そのアニメ作品というのは、『超☆兵少女マリー』というタイトルのアニメで、気弱で空気のような青年・アレルヤ君を二重人格の女の子・マリーちゃんがスパルタ人もびっくりの教育法でビシバシしごいて一人前の男にする、という、涙あり笑いありのコメディものです。 この作品のニュースソースはもちろんニールさんで、しかも、ニールさんはマリーちゃん役の声優を務めているネットアイドルのマリーちゃん(なんと彼女は本名と芸名が一緒で、尚且つ、この番組では役名まで一緒でした)のファンクラブに入っているものですから、布教には余念がありませんでした。 つまり、『超☆兵少女マリー』再放送の視聴を薦めると同時に、各話をクローズアップした親切設計の解説書やキャラブック、本編を補完したドラマCD、OVA、劇場版DVDを片っ端からリジェネさんに貸与したのです。 その結果、リジェネさんは見事にドボンしてしまいました。 画面では、マリーちゃん(今は人格交代中なので、正確には"ソーマちゃん"なのですが)が「このフヌケがッ!!大佐を見習えッ!!!」と言いながら、極寒の中にフンドシ一丁で立たせたアレルヤ君を竹刀で叩いています(スパルタ、いいえ、それを通り越した虐待に見えなくもありませんが、アレルヤ君は「マリーは僕のためを思ってしてくれているんだ耐えろ耐えるんだアレルヤ」とぶつぶつ言っていますから、一応同意の上での強化作戦らしいです)。 これに困ってしまったのは、ライルさんでした。 リジェネさんがあんまりにもドボンしすぎて、なんだか疎外感を感じているうえ、実際問題ちょっとないがしろにされている気がするからです。 今日のように、何度呼んでも生返事、という状態になってしまったのは、一度や二度ではありません。 ですから、アニメの後半10分という一番良い所に差し掛かった時、とうとう我慢ができなくなって椅子から立ち上がったライルさんは、リジェネさんに言いました。 「リジェネ、お前な、俺とそのなんとか少女マリーとかいうのとどっちが大切なんだよ!」 ベタです。 ベタですが、ライルさんからしてみれば結構切実です。 そして、リジェネさんもまた、ベタな答えを返しました。 「今はマリーが大事だよ、」 悪いけれど、少し静かにしていて。 画面から目を逸らしもしないで言うと、リジェネさんはまたアニメに集中してしまいます。 ライルさんはといいますと、目も閉じられないくらいのショックを受けていました。 よもやリジェネさんがそんな答えを返してこようとは、全く考えもしなかったからです。 (な…なん…だと…!?こ、この俺が…なんとか少女に、負け…た…!?) あまりのショックに床へへたり込んだライルさんの耳に、「私はマリーではない、私の名はソーマだ!!」と叫んでいるマリーちゃんの声が聞こえてきます。 「マ、マリー!」と性懲りも無く叫んでいるアレルヤ君の声もです。 リジェネさんは、相変わらずテレビに釘付けになってます。 その口許が、無意識でしょうか、「えっ、ちょ、マリー…!」と動いた時、ライルさんの頭の奥で何か(たぶん、堪忍袋の緒、というやつです)がプッツンしました。 ライルさんは乱暴にテレビのリモコンを引っ掴むと、真っ赤な電源ボタンを押します。 当然、テレビの電源が落ちました(録画も一緒に停止します)。 リジェネさんはびっくりしたような顔で振り返り、ライルさんの手元のリモコンを見て、たいそうショックを受けたような顔をしました。 そんなリジェネさんに若干たじろぎつつも「な、なんだよ…」と唸ったライルさんは、勢いを抑えきれずに言いました。 「言っとくけどな、お前が悪いんだぞ!口を開けばマリー、マリーって、そんなことばっかり言いやがって!もうたくさんだ!そんなにマリーが良かったら、俺のところなんかにいないでTVアロウズかスタジオ人革連ででも暮らしてろ!!!」 そう言い切ったライルさんは、ちょっとおっかない顔をしています(ちなみに、TVアロウズというのは『超☆兵少女マリー』を放送しているテレビ局、スタジオ人革連というのは『超☆兵少女マリー』を製作しているアニメーションスタジオです)。 これには、リジェネさんも黙っていませんでした。 ライルさんを見て、だんだんと眉毛を寄せ、唇を噛むと、やおら立ち上がって、こう怒鳴ったのです。 「ライルの莫迦!ろくでなし!!巨根!!!そんなんだからマダオって言われるんだ!!」 そう捨て置くと、バタバタと玄関に向かって走っていってしまいます。 その目の縁には、僅かでしたが、涙が溜まっていました。 けれども、ガチャ、と鍵の開く音がして、バタン、とドアの閉まる音がしても、ライルさんはその場から動こうとはしません。 とっても腹が立っていたのです。 ないがしろにされたのは自分、被害を被ったのは自分、なのに如何して悪口を言われなければならないのか。 そんな思いが、ぐるぐると、ぐらぐらと、脳裏を渦巻いていました。 「…どうせ録画してるんなら、俺がいない時にでも観ろってんだよ!くそったれ!」 ライルさんが投げ付けたクッションが、開きっぱなしのドアに当たって、ぼすっとフローリングへ落ちます。 この十数分後、ニールさんの家へ駆け込んだリジェネさんがニールさんにアレコレと相談に乗ってもらったり、やっぱりリジェネさんのことが気になったライルさんがリジェネさんを追いかけてきてニールさんの家のドアを喧しく叩き、ご近所さんから顰蹙を買ったりもするのですが、それはまた別のおはなしです。 おたにる。番外編 〜ドボンする俺の恋人〜 2009.6.22 上 au.舞流紆 「録画しててもリアルタイムで見たいじゃないか」というのがリジェネさんの言い分です、 |
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