キスは好きではない。
ロックオン・ストラトスに覚えさせられた("教えられた"というには、どれもこれも些か乱暴で無遠慮に過ぎた)ものの中でも、特に好きではない。
しかし、人間にとってのそれというのは余程良いものなのか、それとも、耐えるに足る理由があるのか、街中などで軽く、或いは濃密に交わされるのをしばしばみかけた。
理解の範疇を超えている。


「そうあからさまに顔を顰めるなよ、」

冷めるだろ、と彼は言った。
革のグローブがはめられた手は俺の眼鏡を外し、肩を掴んでいて、ヘイゼルの前髪は額を掠めて柔らかな熱を放っている(それにしても、間近で見る人間の顔というものは如何してこうもグロテスクなのか。彼のターコイズグリーンの虹彩を、薄い膜を隔てたような距離で眺められる点だけは、悪くは無いかもしれないが)。
冷めるのならば大変結構な話だ、と思い、それをそのまま口に出すと、ロックオン・ストラトスは軽く瞑目をした。瞑目をして、眉根を寄せた。
その睫毛が目許へ触れ、むず痒いような心地を覚える(唯一悪くは無かった虹彩の色が無い今、もう何を見ていたらいいのか解らない)。
考えあぐねたところで、ふと、呼吸が出来なくなった。
嫌な事を(つまりは、あまり好きではない事を)されている。
この男が好んで読む三流の恋愛小説に出てくるような、バードキスとでもいうのか、そんなような類のものとは違った。脳裏を過ったのは、何時だったか映像資料で見た、痩せ細ったガゼルが柔らかな新芽をこそげるようにして食んでいる風景だ。

(彼にとっては、真実そのような意味合いの行為なのだろうか、)

憶測ならば幾らでも出来るが、正答に到る事だけが出来ない。そのための道がない。与えられる感覚の中にも見出す事は出来ず、只管にこそげ取られていく。
歯をなぞり、舌を追い回し、粘膜を舐め摩って、漸く満足に到ったのか、ロックオンは唇を離した。なんとも形容し難い表情で此方を見て、言う。

「だから、そうあからさまに顔を顰めるなよ」

冷めたのなら、と言いかけると、しかし彼は、いいや、とそれを遮る。相変わらず不可解な言動ばかりだ(先ほどは"冷めるだろ"と自ら言ったではないか、それを聞いて理解しながらも俺は今また顔を顰めたではないか、なのに如何して、)。
男は困ったように、呆れたように笑っている。
長い腕に腰を引き寄せられて、再度、薄い膜の距離でターコイズグリーンが瞬く。
キスは好きではなかったが、虹彩に譲歩する事にして、広い背へ指先を触れさせる(何か勘違いしているのだろう、碧は笑み歪み瞬いて、俺はそれが美しかったので目を細めた)。

幸福の肖像

2008.4.18   上 au.舞流紆
2008.4.19   加筆修正
なんだか恥ずかしい話になってしまった、























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